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自分らしい生き方

メルマガ「ピンチをチャンスに!あの手この手の勝者の心理戦」の過去ログとそれに派生する、生き方について考察してみます。

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ぴあの矢内さん(後編)

先週末に初めて私はセミナーなるものに出席致してきました。



こういうのは、どことなく胡散臭さがつきまといますので、私は今までで初めての参加となったわけですが、なかなかいいもんですねぇ。

そのあとの懇親交流会で色々な方と名刺交換。

みんな目的も目標も夢もそれぞれ違うのですが、前向きな姿勢になっているという気持ちは共通なので、ものすごく良い意味での連帯感が生まれました。

そしてお酒を飲みながらホームページなどについて色々と話し合ったりしました。

最近は色々とあの手この手で、無料のレポートなどが大流行ですねと話し合ったりしたわけですが、結構この無料レポートというのが内容が濃くてレベルが高いものが多かったりするんです。

前号までのあらすじ



ぴあ株式会社”の創業者である矢内(やない)廣さんが「ぴあ」という総合情報雑誌を創刊したのは大学3年生の時でした。

創刊はしてみたものの、どこの書店でもスペースがないとの理由から、「ぴあ」を置いてくれるところはありませんでした。

しかし教文館の社長に頼み込み、何とか書店に置いてもらうようになりました。

そしてそれを拠点として新規に置いてくれる書店周りをしたことから、その2年後には、とうとう書店取次店に口座を持てるまでに成長していました。

そんな折りでした。

海の向こうから 「キャプテンシステムの実験に参加してみないか?」
との誘いを受けたのです。

キャプテンシステムが普及して、文字や画像などで数多くの情報を直接家庭に送信されたのでは、「ぴあ」という雑誌自体の存在価値がありません。

危機感を募らせた矢内さんは早速参加を決めます。

そこで株式市場から大量の資金を集めるべく上場に向けて、証券会社との話し合いに入ったのです。

しかし上場すれば、矢内さんがほとんど趣味的に始めた赤字事業ではありましたが『自主制作映画制作展』を早晩打ち切りにせざるを得なくなることを知った矢内さんは、悩みに悩んだ末にとうとう上場を断念するのでした。

『自主制作映画制作展』というのは私の夢でもある。
赤字でも絶対に続けてやる。

と、矢内さんはひそかに呟きましたが、皮肉にも資金調達の道はこれで完全に閉
ざされた形になってしまったのです。

しかし「捨てる神あれば拾う神あり」とは本当によく言ったものです。



市場での資金調達を自らで断ち切った矢内さんのもとに、あの劇団四季の浅利慶太さんから、面白い話を持ちかけられます。

浅利慶太さんと言えば元祖ワイドショー内閣と呼ばれた中曽根内閣の影のブレーンであり、影の演出家でもありました。

そんな浅利さんが矢内さんに話しかけます。

ブロードウェイで大流行した『キャッツ』というミュージカルを今度日本でも上映できるようになった。

矢内さんも知っているように、日本はアメリカと違ってロングラン上映できるという土壌がない。

ロングランできる土壌がないのだから、まず上映できる劇場があるわけがない。
しかしこれは既に解決した。

大都市の立地のいい遊休地を自分で借り入れ、キャッツシアターという大劇場を俺が自ら造った。
そしてアメリカから最高の『キャッツ』というコンテンツも持ってきた。

あと足りないのは、たった一つだけだ。

これさえあれば、『キャッツ』というミュージカルは必ず大成功を収める。

その足りないものとは?

それは、



大量の観客を短期間に動員するというシステムだ。

つまり大量の観客に短期間に間違いなくチケットを販売するというシステムが、まだ日本にはなかったのです。

なるほど、なるほど。
確かにその通りだ。

矢内さんは思った。
しかし、一体どうすればいいんだ!?

矢内さんは途方にくれた。

もし浅利さんから持ちかけられたこの話を成功させれば、莫大な利益がぴあ株式会社にも転がり込んでくるはずだ。

しかし、どうにもこうにも良いアイデアが浮かばないのです。

確かに当時のチケット販売と言えば、プレイガイドで人が手作業で一枚、そしてまた一枚と販売していたのです。



だからAというプレイガイドでは売り切れだが、Bというプレイガイドではまだチケットが残っているという現象がそれこそ日常茶飯事に起こっていたのです。

きわめて非効率的です。

でもどうすればいいのかが矢内さんにも分かりません。

そんな時でした。
ふと実験的に取りかかっているキャプテンシステムのことを考えたのです。

しかしまだキャプテンシステムは実用段階ではありません。

ただキャプテンシステムのように全ての情報を提供するのではなく、コンピューターによって、プレイガイド同士をオンラインで結び、端末を叩くだけで、効率的にチケットを管理していけばいけるんじゃないのか!?

早速矢内さんは実行に移します。

そして『キャッツ』の10万枚のチケットをわずか4日間という前人未到の快挙で売り切ってしまったのです。

さて、その後のぴあですが、情報誌の「ぴあ」からチケット販売に転進し、その後の長野オリンピックでも、実力を十二分に発揮します。



そしてインターネット世代に突入してからは、@ぴあに転進し更なる快進撃を続けたのです。

そしてとうとうかつての念願だった上場も今から3年前に果たしたのです。

かつて上場を阻害していた赤字事業の『自主制作映画制作展』も今では『ぴあフィルムフェスティバル』と名称を変え、今では映画監督の登竜門的な地位を築くまでに成長していたからです。

今年その『ぴあフィルムフェスティバル』から、とうとうあのカンヌ映画祭の批評家週間で4賞を独占した内田けんじ監督の『運命じゃない人』を輩出したのでした。

まさに創業時に見た夢を矢内さんは実際に実現したのでした。

このメルマガは2005年11月23日に発行されたものです。

[ 2010/01/01 17:39 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)
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