自分らしい生き方

メルマガ「ピンチをチャンスに!あの手この手の勝者の心理戦」の過去ログとそれに派生する、生き方について考察してみます。

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市村清さんの破天荒な考え方

市村清さんと言えばリコーの創業者です。



名物社長として有名で、数々のアイデアで事業を巨大化していった。

市村清さんは佐賀県で生まれたのですが、非常に貧しかった。
頭は良かったのだが、貧しかったために中学も中退した。

それからは仕事を転々。
犯罪の嫌疑をかけられ、留置所に放り込まれたことも。

そしてそんな市村さんにも大チャンスが訪れます。
理化学研究所が開発した感光紙の販売員になったからです。

メキメキと頭角をあらわし、九州地区で営業成績がトップとなります。

それを見ていた東大教授から所長に就任した理化学研究所の大河内氏が、市村
さんを東京に呼び、部長として大抜擢します。

その後理化学研究所は理研光学工業と名前を変え、市村さんはとうとうそこの社長にまで大出世してしまいます。

そして市村さんの持ち前のバイタリティーで次々と企業を大きくしていきます。

リコーを始めとして、三愛、明治記念館、日本リースなどを経営し「名物社長」として名を馳せます。

三愛とは、あの銀座4丁目に店舗があるビルのことです。

そもそも三愛とは、市村さんが掲げた『人を愛し、国を愛し、勤めを愛する』というスローガンから命名され、戦後は食料品などを中心とした小売業を営んでいました。

食糧難だった当時は大繁盛したもんでしたが、だんだんと日本が豊かになるにつれて世の中が落ち着きを取り戻してきたために、三愛の売り上げも段々と落ち込んでまいりました。

アイデアとバイタリティーだけは、誰にも負けなかった市村さんでしたが、さすがにこの時ばかりは、どうしたものかと頭を抱え込んでしまいました。

店の事業計画を根本から見直し、事業内容を変更しなければなりません。
それはわかっているのです。
しかし何をやっていいものやらサッパリとわかりません。

考えに考えたのですが、やはり結果は同じ。
妙案がどうしても浮かんで来ません。

ピッ、ピッ、ピ?ンチ。

そんな時でした。



銀座をブラブラと歩きまわっていた市村さんはトイレに行きたくなり、トイレに駆け込んだのですが、隣の女子トイレからОLらしき女性たちの話し声が聞こえてきたのです。

相当あけすけの会話です。

市村さんは、その時思いました。
「ははあ?ん、女というのはトイレに入ると本音を次々と喋るんだな」

バイタリティーあふれる市村さんは早速行動に移します。

女子学生を数人ほど市場調査員として雇い入れたのです。
もちろん勤務先は都内デパートなどの『トイレ』です。
仕事内容は?

彼女達をトイレにコッソリと忍び込ませ、ОLたちの会話をすべてメモらせるのです。

この摩訶不思議(?)な市場調査がやがて大きな成果を生み出します。



データの解析から導き出された結果というのはこうです。

ОLたちは生活費のほとんどを親に出させて、自分達の給料のほとんどは、オシャレに使っているというデータがはじき出されてきたのです。

市村さんは決断します。
そして決断したら行動は早いです。

三愛をオシャレ専門店として再スタートさせたのです。
そして市場調査の通り、女性達は三愛に群がったのです。

やがて奇抜な円筒型9階建てビルも完成し、三愛は銀座の名所となったのでした。

そろそろ書店などにも2006年の手帳などが並び始めました。



「よしっ、来年こそは」と誰しもが思う季節なのですが、先んずれば人を制すです。やっぱり。

思い立ったが吉日です。
すぐに行動を起こしまょう。

今日が変われば明日も変わります。
そして明日は、名実共に“明るい日”となります。

さあ、今年もあと2ヶ月です。
最後の最後まで頑張り抜きましょう。

このメルマガは2005年10月19日に発行されたものです。

[ 2010/01/01 12:33 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)
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