自分らしい生き方

メルマガ「ピンチをチャンスに!あの手この手の勝者の心理戦」の過去ログとそれに派生する、生き方について考察してみます。

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時間を買ったカーネル・サンダース



ケンタッキーフライドチキンでお馴染みのカーネル・サンダースは、ケンタッキー州最大の都市ルイビルに生まれました。



家業の農場を手伝いながら苦学の末に学校を卒業したカーネル・サンダースは、やがてガソリンスタンドを始めます。
しかし大恐慌の煽りで倒産。

再起をかけてコルヴィンていう町で、1930年にカーネル・サンダースは再びガソリンスタンドを始めたます。
そして1度目の失敗を糧にして、今度は小さなレストランを併設させて、ガソリンスタンドにやってきた人たちに、そのレストランのフライドチキンを振る舞ったのでした。

そのフライドチキンが非常に美味しいとの評判が評判を生んで、お客様も増えました。
しかしそのガソリンスタンドは、新しいハイウェイが出来たために、車の流れが変わり、店を手放さざるを得ませんでした。

時にカーネル・サンダース65才。
ほとんどの財産を失い、手元に残ったのは、ほんのわずかな小金。

普通ならこれで人生、終わりです。だって年齢が65才なので、体力も気力も、とっくにピークを過ぎているからです。



しかし不撓不屈の精神を持っているカーネル・サンダースは考えます。

「私の元には、あのガソリンスタンドで大評判だったフライドチキンのレシピがあるじゃないか」

儲けたいという思いよりは、あの美味しいフライドチキンを、より沢山の人に食べて欲しいという気持ちの方が勝っていたのかもしれません。


その日からカーネル・サンダースは、圧力釜と自慢のレシピをもって、全米中を回ります。

つまりカーネル・サンダース直伝のフライドチキンの調理法・ノウハウなどのレシピをレストランに教えることの引き換えに、チキン一個の売上につき数セントを受け取るというビジネスを始めたのです。



いわゆる現代で言うところの「フランチャイズビジネス」の誕生と言えます。

そしてやがて73才になるまでに、カーネル・サンダースは全米のレストラン600店舗を回ったと言います。

つまり人生で残された時間のなかったカーネル・サンダースにとっては、自分の発明したケンタッキーフライドチキンを広めるためには、この「時間を買う」というフランチャイズシステムしか方法が残されていませんでした。

時間というのは、お金持ちでもホームレスでも老若男女を問わず、誰しもが1日24時間しか与えらていません。
だから時に、この「時間を買う」という手法は、ビジネスの上でも非常に有効です。
[ 2010/01/17 11:49 ] コラム | TB(0) | CM(0)
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