自分らしい生き方

メルマガ「ピンチをチャンスに!あの手この手の勝者の心理戦」の過去ログとそれに派生する、生き方について考察してみます。

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間違った愛情

コミックスの「ドラゴン桜」からの受け売りになりますが、面白い事例が載っております。



東大生の親力です。
子供の学力ではなく、東大生の親となるための能力です。

主人公の桜木弁護士は言います。

例えば東京大学を受験したとする。
親は「子供に合格して欲しい」と思っているのでしょうか?

「そんなこと当たり前でしょ!誰だって合格して欲しいに決まってるでしょ!」
東大受験を控えている矢島君の両親は言います。

しかし主人公の桜木弁護士は続けます。

東大生の親のほとんどがそうなんですが、決して彼らは「合格して欲しい」とは思っていません。



「では落ちて欲しいとでも思っているんですか!?」
矢島君の両親は桜木弁護士に詰め寄ります。

桜木弁護士は、こう答えます。
東大生の親たちは、ほとんどがこう思っています。
「合格しても不合格になっても、それはどちらでも良い」
そして更に続けます。

一見この言葉は冷たいように感じますが、子供にとっては一番素晴らしい愛情なのです。
もちろん心の奥底では「合格して欲しい」と思っているかもしれません。
しかし最終的には「合格でも不合格でもどちらでも良い」と思っています。

不合格になったとしても、子供が一生懸命に努力した、その事実は絶対的に残るからです。
その努力が形として実際に残っている限り、必ずその努力は人生のどこかで報われる時が来ます。
だから「合格でも不合格でもどちらでも良い」のです。

合格して欲しい」と思っている親は、必ずそのことを表面に出さないようにしても、どうしても出てしまいます。


そしてそれが無言のプレッシャーを子供に与えます。
しかしそれは親の見栄であったり、世間体なども入っていたりします。
子供たちは、そのあたりをすぐに敏感に感じ取ります。

もちろん子供に対して「お父さんもお母さんも、合格して欲しいと思っているのヨ」というのは、プレッシャー以外の何者でもなく、逆に子供は「わざと不合格になってやろうか」とは思わなくても、少なくとも「自分自身のために合格を勝ち取るんだ」という意識は薄れていきます。

結局のところ親の見栄であったり、世間体などが入ってくると、それは愛情ではなくなるわけですから、ある意味では、間違った愛情になってしまいます。

話は変わりますが、ディズニーランドに行くと「いらっしゃいませ」と言わずに「こんにちは」と言うらしい。



「いらっしゃいませ」という言葉は本当に購入するつもりで入ってきたお客様にとっては嬉しいでしょうが、買うかどうかはわからないという人にとってみれば、逆に「必ず何か買えよ」という無言のプレッシャーになってしまいます。

結局のところ、どこに愛情の力点を置くのか、というところに帰結していくのかもしれません。
[ 2010/01/10 18:31 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)
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