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自分らしい生き方

メルマガ「ピンチをチャンスに!あの手この手の勝者の心理戦」の過去ログとそれに派生する、生き方について考察してみます。

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ピンチはチャンス、チャンスはピンチ

物事というのは往々にして、逆に動くことが多い。追い風だと思って進んでいると、落とし穴に嵌ってしまったり、というのは、よくあることです。



太平サブロー・シローさんのサブローさんが面白いことを言っておりました。
サブロー・シローは1980年代の漫才ブームの波に乗り、人気漫才コンビとしての地位を確立しました。

あの島田紳助さんの紳助・竜介を解散に追い込んだ漫才コンビです。
これは実際に島田紳助さんが解散の記者会見で、実際に口にしてました。
「サブロー・シローとダウンタウンの漫才を見ていて、紳竜を解散させるつもりになった」と。

ちなみに翌日の新聞には、「サブロー・シローら」となっていました。
当時ダウンタウンというのは、大阪の一部の人にしか知られてしませんでしたから。
その当時から島田紳助さんがダウンタウンの凄さを知っていたというのは、物凄いことなのですが。

話を元に戻します。

1988年4月吉本興業から独立したが、吉本の圧力がかかり仕事を干されるようになる。


1992年コンビ解散。
サブローのみ1993年に吉本に復帰。

そして仕事を再開。
最初は、独立騒動を起こしたペナルティーとして、一定期間を「ギャラ無し」にされたそうです。
はらわたが煮えくりかえったことと思います。

そして吉本興業は、バンバンと仕事を入れる。
だってギャラ無しだから、吉本興業にとってみれば、坊主丸儲けですから。
またまた、はらわたが煮えくりかえったことと思います。

しかしこのことが、後々追い風になっていきます。
ギャラがダンピングされているので、どんどんオファーが来ます。
そしてテレビなどでの露出度が非常に高まります。
「ギャラ無し期間」が過ぎても、そのオファーは止まることはありませんでした。
[ 2010/01/06 18:59 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)
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