自分らしい生き方

メルマガ「ピンチをチャンスに!あの手この手の勝者の心理戦」の過去ログとそれに派生する、生き方について考察してみます。

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孔子の素顔

千葉の補欠選挙がアツイです。大物が続々と現地にての応援演説。いよいよ次の日曜日です。ハッキリと結論が出るのは。



千葉の有権者もかなり迷っているんじゃないかな?
と、私は勝手に推測。

民主党が勝った方が、政治的には良くなるような気がしますが。
と、私の勝手な希望。

子曰く・・・・・・・



ご存知、あの高校時代に漢文の時間によく登場する定型句(?)

子というのは先生の意味ですが“孔子”のことを指します。
などと先生が言っていたような気がします。

親を大切にしなさい。
先輩を敬いなさい。     
仁だとか義だとか礼だとか智だとか・・・・       などなど。

あの、はちきれんばかりのエネルギーを持つ高校生時代には、まことに面白くもない教えだったような記憶が私にはあります。
正直なところ私は孔子があまり好きではありません。

いや、“好きではありませんでした”と言った方が正解でしょう。

私は、ある日ある時、孔子のことが好きで好きでたまらなくなりました。



それは論語の「陽貨編」を読んでからです。
「陽貨」というのは、人の名前です。
どんな人間かって?

頭脳明晰で、能力も人より秀でているんですが、要注意人物というか危険人物というか、そんな人間なのです。

簡単に言えば、あのホリエモンをイメージしてみればピッタリなのではないでしょうか?

東大にも合格した。
会社も上場させた。

能力があることは間違いないし、疑いもない。

しかし 「この世の中でお金で買えないものはない」 などと言ってみたりするなど、少し危険な一面もあったりするのです。

陽貨というのも、そんな人物だった。



だから人は、「陽貨」とは少し距離を置いてつきあっていた。

そんな陽貨が、ある日、孔子の家を突然何のアポもなく訪ねてきたのです。
孔子は、たまたま外出しており、留守だった。

そこで、陽貨は孔子に伝言を残していった。
一度お会いして、ジックリとお話がしたい、と。

孔子は、当時から中国全土に知れ渡る“聖人君子”だった。



陽貨も、ひょっとしたら、そんな孔子の名声を利用しようとしたのかもしれません。

これが孔子でなかったら、そんな伝言など無視すれば良い。

後日、陽貨からゴチャゴチャ言われたら、
えっ、そんな伝言、聞いてないよ?、ゴメンゴメンと言ってとぼければよい。

しかし普段から仁だとか義だとか礼だとかを弟子達に説いている孔子としては無視するわけにはいかなかった。

陽貨は、わざわざ孔子の元に訪ねてきてくれたのだ。
それを無視するということは、礼に反する失礼な行為だからです。

かと言って、心底では、本当は会いたくないと思っていた。



そこで孔子は一計を案じた。

確実に陽貨が留守の時をねらって、訪ねて行けばよいのです。
そして、陽貨に伝言だけを残してくればよい、と。

早速孔子は、陽貨の留守を狙い撃ちするかのように訪ねて行った。
案の定、陽貨は留守だったので、孔子は予定通りに伝言を残していった。

しかし話は、ここで終わらないのです。



帰路につく孔子は、帰り道に陽貨とバッタリ出会ってしまったのです。

アワワワワワワワワ .。o○.。o○.。o○

孔子は陽貨から話しかけられたが、慌てふためいて言葉にならなかった。

私は、この話を読んだ時から、孔子のことがものすごく好きになった。

このメルマガは2006年4月19日に発行されたものです。

[ 2010/01/02 14:45 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)
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