自分らしい生き方

メルマガ「ピンチをチャンスに!あの手この手の勝者の心理戦」の過去ログとそれに派生する、生き方について考察してみます。

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中国のしたたな外交術

2月20日以降で、私の元にメールを下さった方のメールを、私の不手際により、間違えて数通ほど削除してしまいました。どうも申し訳ございません。m(__)m



そのような理由からメールをくださった方への返信ができません。
わざわざメールをくださった方には、本当に申し訳なく思っております。

ただメールには一通り目を通していると思いますので、この場を借りて公開にて(皆さんにも知っておいて頂きたいので)回答させていただきます。

内容は「メルマガ相互紹介」と「広告依頼」についてです。

当メルマガでは現在、基本的に「メルマガ相互紹介」も「広告依頼」も受け付けておりません。

私自身になかなか暇がなく、今のところ執筆だけで手一杯の状態のためです。どうぞご理解のほどよろしくお願いいたします。

もし上記以外の内容、もしくは内容にご不明の点などございましたら、お手数をおかけいたしますが、再度メールを送信していただくようお願いいたします。

メールをくださった方には、重ねがさねお詫び申し上げます。
申し訳ございませんでした。

表があれば、必ず裏がある。



月と日、天と地、白と黒、陽と陰、男と女。
この世の大半は、相対立するものを持っているわけです。

表があれば、必ず裏がある。
そして裏があれば表もある。

そこで、「表を見て裏を知る、裏を見て表を察する」能力が尊ばれるのです。

だから人は、この裏読みに躍起になることになる。

他人の本音がピタリと読めれば、確実に相手を牛耳ることができるからです。

今回の「堀江メール」事件について評論家の宮崎哲弥氏がテレビで面白いことを語っていました。



先週の党首討論で、
前原代表は事前に自民党と密約が出来ていたというのです。

その密約の内容というのは、こうです。

自民党としては前原代表のクビを取らないように全力でその地位を守る代わりに、「堀江メール」に関する質問は党首討論の最後の方で質問すること。

この密約の真偽について私には、わかるわけもありません。
しかしこの密約を前提に話を組み立てていけば、筋道が結構通ったりする。

この交換条件をもう一度よく考えてみてください。次の二つの利害関係が交換されているわけです。



「前原代表のクビを取らないように全力で守る」
          ↑    ↓
「堀江メール」に関する質問は党首討論の最後の方で質問する

つまり自民党にしてみれば、
「堀江メール」に関する質問は、あまりして欲しくない
ともとれるわけです。

だから前原党首が、こう考えたとしても何の不思議もありません。

「はは?ん、あのメールは確かに偽物くさいが、武部幹事長と堀江氏との間でやっぱり何らかの金の動きがあったんだな・・・・・」

それにしても「明日の党首討論は楽しみにしていて下さい」という発言は少し度が過ぎてるようではありますが・・・・・・

結局は自民党の思うがままになったようです。
4月の末には、千葉で補欠選。

野田さんも千葉なら、永田さんも千葉。

そこに前原党首が応援演説にやってきたところで、民主党に議席が入る可能性は限りなく0に近い。

完全にハメられたと、思われたとしても仕方がない。

韓非子に面白い話があります。



殷の紂王(ちゅうおう)は、周の国に代々伝わる家宝の“玉版”が欲しくて欲しくてたまりませんでした。

そこで周の国に使いをやった。

その使者というのは、殷きっての賢人として名高く、人望も厚い。

しかし周の文王は、この使者を手厚くもてなしたものの、家宝の“玉版”だけは絶対に渡さなかった。

しかし殷の紂王(ちゅうおう)は諦められなかった。
そこで再度周の国に使者を送った。

その今度の使者というのは、殷きっての佞臣として名高く、私利私欲ばかりをいつも貪っているような人間だった。

今度も文王は家宝の“玉版”を渡さないものと誰しもが思った。

しかし文王は、いとも簡単に家宝の“玉版”を渡してしまったのです。

ビックリして回りの者が、文王に聞きました。



どうして家宝の“玉版”を、あんな奴に渡してしまったのですか?

文王は答えた。

賢人として名高い人間に渡してしまえば、君命を果たしてしまうことになる。
そんな高潔な人間が志を得れば、殷は栄えて、わが周としては困ることになる。

しかし佞臣に渡したことで、ソイツが君命を果たして重用されればされるほど結局のところ殷は衰退し、やがて滅ぶことになるのだから、その家宝の“玉版”も私の元に無事戻ってくるというわけだよ。

死ぬか生きるかの戦国時代に使われた計算ずくの知恵というのは、まことに野太い。



“人を見たら泥棒と思え”ではあまりにも味気ないし“信ずるものは救われる”では、単なるお人よしになりかねない。

だから知恵が生まれる背景には、
人間の心理を知り尽くしているという前提条件が横たわる。

このメルマガは2006年3月1日に発行されたものです。

[ 2010/01/02 08:59 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)
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