自分らしい生き方

メルマガ「ピンチをチャンスに!あの手この手の勝者の心理戦」の過去ログとそれに派生する、生き方について考察してみます。
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マーサ=スチュアート(後編)

“喋らないことは、逆に罪なことかもしれない”ということで、積極的にテレビなどに出て、急に色々と喋りだした貴乃花親方。



しかし少しばかり喋り過ぎたのか、相撲協会から呼び出されたようです。

相撲協会も最初は、若貴兄弟確執問題を“プライベートなことなので”と議論をさけていたのですが、ここに来て相撲協会の体質問題などにも言及をし始めた貴乃花親方に、ここは「お灸をすえてやらねば」との意見が一部から噴出したようですね。

さて今後この問題は、どうなるかって?
それは、このメルマガの基本精神と同じなのではないでしょうか。

勝つときは必ず勝つ。
負けると見たら勝つ体制が出来るまで兵を引く。
どんな手段を使っても最終的には勝つ。

しかし  絶対に人々からの信望を失ってはならぬ。
一番最後が一番大事。

つまり貴乃花親方がこれから世間を味方につけられるかどうかに勝負は委ねられたような気がします。

そして本日はたった一夜にした、バッシングの嵐から一気に世間を味方につけてしまったマーサの大逆転劇の最終章になります。

前号までのあらすじ



貧乏な家庭に育ったシビル・シェパード(マーサ・スチュワート)は父親から徹底的にアメリカで成功するための教育を受けます。

愛情なんか必要ない。
アメリカで成功するためには有名になることだ。
そしてお金持ちになることだ。

そして父の言うままに実践したマーサ・スチュワートは、主婦の誰もが嫌がる家事を“芸術”の域まで持っていったため、テレビや雑誌からひっぱりだこ。

そして彼女の会社“マーサ・スチュワート・リビング・オムニメディア”は、とうとう上場を果たし、彼女のもとには正に巨万の富がころがりこんできたのです。

しかし彼女はイクロン社の株の売買を巡って、新抗がん剤の認可申請が却下されるというインサイダー情報を入手し、株価が下がる情報を事前に知った上で、他人よりも一足早く株を売り抜けるというインサイダー疑惑をかけられることになるのです。

ここで一般の人たちの腹の底に横たわっていた嫉妬の炎が見事にメラメラとそして沸々と湧き上がってくるのです。

チッ! たまたま成功しただけだろ。
チョッとだけ運が良かっただけでしょ。

たかが料理や裁縫などの家事を優雅にこなす方法を提案したくらいでうぬぼれるんじゃない!

生意気だ!
落ちるとこまで落ちろっ!
早く消えろ!

そして大衆の人々が思うとおりに、マーサには無常にもニューヨーク連邦地裁から言い渡された罪は、禁固5カ月、保護観察2年、罰金3万ドル(約327万円)の実刑判決が言い渡されたのでした。

ひたひたとセレブへの階段を上りつめていったマーサ。



羨望の眼差しもあっただろうが、ほとんどの人の心底にくすぶっていたのは、まぎれもなく嫉妬そのものだった。

だってマーサが起訴された罪状は、実はインサイダー取引ではなかった。
インサイダー取引では証拠不十分だったために、検察はまず偽証罪で起訴したのでした。

明らかに一部の人にしか知りえない内部情報(インサイダー)で利益を得たとしても、その立件するのが非常に困難を極めるのです。

だからインサイダー取引で起訴されるのは、日本でもアメリカでも、自社の株式情報を利用した場合に限られるのが実情です。自分の会社であれば、重要な情報について知らなかったなどとの言い逃れが出来ないからです。

しかしニューヨーク連邦地裁がマーサに対して言い渡した罪は、無常にも有罪の実刑判決。

まさに今回の事件は検察の威信をかけたものといっても過言ではありません。



マイケル・ジャクソンさんの先ごろの裁判判決を見ても明らかなように、ア
メリカでは有能な弁護士を雇うことで、無罪になるケースも多いのです。


だからアメリカ国民の大多数は、今回のマーサの事件を、確実に無罪になる
事件と見ていました。


だからこそ、クリストファー・バイロン氏の『Martha Inc』というマーサの暴露本が、あれだけ売れたりしたわけです。

しかし検察も意地と威信をかけて、のぞんだ裁判だったのです。
お金持ちや有名人でも逃れられないことがある、そんな面子をかけた検察。

しかしマーサも有罪になったからといって悲観することもありません。
控訴をすればよいのです。

マーサほどの大金持ちならば、更にお金をつぎ込んで、無罪に持ち込むことなど、そんなに難しいことではありません。そして実際に控訴して無罪を勝ち取った有名人なども数多いわけです。

マーサの弁護士は控訴の手続きを急ぎます。

そしてとうとうあの運命の“04年9月15日”を迎えることになるのです。



まずは先週号の訂正を先にさせていただきます。

>では、実際の彼女の会社の株価を見てください。
>判決が実際に言い渡されたのが『04年7月16日』です。

さも7月16日を境に株価が反転上昇したような書きぶりをここに訂正して、お詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。m(__)m

では、まず整理してみます。

判決    04年7月16日
会見    04年9月15日
入所    04年10月8日
出所    05年3月4日

株価が急転直下上昇を始めたのは、会見のあった04年9月15日からです。

では、一体どういう会見だったの?



もっともな疑問です。

私は、今回の判決に非常に残念だったし不本位でもあります。
しかし私の名誉がかかっているので、このまま控訴は続けます。
しかし服役はします。

色々と考えましたが、このまま控訴を続け、心身ともに疲労を重ね、私の名誉を守るためだけに裁判を戦うのはあまりにも無意味だし、時間の無駄です。

だからこれが私の考えに考えた挙句の結論です。

服役をするのは非常に不名誉なことですが、5ヶ月ならば、会社のため・自分のため・家族のためを考えたなら私にとっては、わずかなものに過ぎません。

誠に不本意ではありますが、ここに服役を決断した次第です。

しかし断じて私は自分が有罪であることを認めたわけではありません。
だから控訴はこのまま続けます。

世間はビックリした。

マーサほどのお金持ちなら、お金さえかければ無罪を勝ち取ることなどそんなに難しいことではないからです。

ましてや検察だって、確たる証拠を握っているわけでもない。

だから人々は虚をつかれた。

セレブが刑務所に入る?
お金持ちなのに裁判で戦い続けることを放棄するの?

全世界の人がこの会見を見てから以降、マーサへの考え方が変わったという。
とてもセレブが決断したとも思えない服役にビックリしたし、その潔さに感動もした。

たった一夜にして
「頑張って!」
「アナタだけは他の人と違うと確信してたワ」
「ホントに素晴らしい!」
「ブラボー!」
「絶対につぶれたりしないで!」

株価はこれ以降スキャンダルが起こる前の2倍以上の値段をつけることになるのです。

計算だったのかもしれません。
計算でなかったのかもしれません。

それは本人にしかわかりません。
しかし世間を一夜にして見方につけたということだけは絶対的な事実です。

そして9月からは、いよいよマーサがテレビの司会者として復帰します。
あの低音から繰り出す説得力のある語り口調が再び見れるわけですね。

今年は空梅雨かと言われていた矢先の梅雨明け後半に、まとまった雨が降ったために、ついこの間まで結構暑くなかったりした。

だから急に暑くなった感じがします。

体だけは気をつけましょうね。お互いに。
では、また来週。

このメルマガは2005年7月20日に発行されたものです。

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[ 2009/12/31 23:51 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

マーサ=スチュアート(中編)

セレブ杉田さん(?)の離婚が、とうとう秒読み段階に入ったようですネ。



テレビに出て、主人の悪口を言いまくり、相手方に愛想を完全につかさせ、逆に慰謝料を踏んだくろうとの魂胆が見え隠れすると、芸能レポーターたちが口々に言っております。

事の真偽はともかくとして、あれだけテレビというメディアを使ってペラペラ喋られると、さすがに鮎川純太さんも参ってしまうでしょうね。

さあ、この結末はいったいどうなるのでしょうか?
果たして逆転劇はあるのでしょうか?
それとも芸能レポーターたちの言う通りになってしまうのでしょうか?

おいおい、いきなり何と下世話な話を!
なんて言うなかれ。

吉田松陰が主宰していた松下村塾は、いつもいつもこんな授業風景だったらしいです。

塾生たちは、新聞や雑誌を渡されて、
さあこの事件の顛末はいったいどうなるのか?
ということをいつもいつも議論させられていたようです。

いわゆる実学ですね。
誰にもわからない未来を、与えられた事実だけから類推するわけですから。

前号までのあらすじ



貧乏な家庭に育ったシビル・シェパード(マーサ・スチュワート)は父親から徹底的なアメリカで成功するための教育を受けます。

愛情なんか必要ない。
アメリカで成功するためには有名になることだ。
そしてお金持ちになることだ。

そして父の言うままに実践したマーサ・スチュワートは、家事を“芸術”の域まで持っていったため、テレビや雑誌からひっぱりだこ。

彼女のTV番組『マーサ・スチュワート リビング』はテレビ界のアカデミー賞とされるエミー賞を6回受賞し、本人もフォーチュン誌の「最もパワフルな女性50人」や、タイム誌「アメリカで最も影響力を持つ25人」、フォーブス誌が選ぶフォーブス400人にも選ばれることになったのでした。

そして彼女の会社“マーサ・スチュワート・リビング・オムニメディア”は、とうとう上場を果たし、彼女のもとには正に巨万の富がころがりこんできたのです。

しかしこういった成金というのは、どこの世界に行ってもあまり良い印象はもたれないというのが通り相場。

一応成功者であることは間違いないので、何にもないうちには、スタンディングオベーションよろしく、パチパチパチパチと拍手はしてみるが、腹の底では実はそうでなかったりする。



チッ! たまたま成功しただけだろ。
チョッとだけ運が良かっただけでしょ。

正直なところオマエには、拍手したかねぇ?なぁ?。
しかしみんなが拍手してるのに、私だけ拍手しないわけにはいかないでしょ。
そうじゃないと私が皆から除け者にされちゃうもの。

所詮が、腹の中なんてそんなもの。
だからスキャンダルなんて起ころうものなら、たちまち世論は一変する。

昨日までの拍手は一体何だったの?というくらいボロクソ。

その成功者が一転、階段から転げ落ちて下までゴロゴロと転がっていく様子を酒の肴にした挙句に『私は最初からアイツの化けの皮が剥がれるのを予見していた』みたいな発言を、さも誇らしげに語ったりする。

それが悪いことだとは私は思わない。



人間なんて所詮はそんなもの。
こんな話はどこにでも日常茶飯事にあることかもしれません。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

チ~ン。(笑)

しかし、これではいかにも淋しすぎる。

ここが真の成功者かどうかの試金石である。
ここが踏ん張りどころでもある。
世間の予想通りにつぶれていたのでは、話になりません。

さて話をマーサ・スチュワートへと戻しましょう。



彼女はイクロン社の株の売買を巡って、新抗がん剤の認可申請が却下されるというインサイダー情報を入手し、株価が下がる情報を事前に知った上で、他人よりも一足早く株を売り抜けるというインサイダー疑惑をかけられることになるのです。

もちろん彼女は全面否定します。

しかし世間では、このスキャンダルを待ちに待っていたわけです。
これまで腹の中でくすぶっていたものが、一気にここで爆発するのです。

たかが料理や裁縫などの家事を優雅にこなす方法を提案したくらいでうぬぼれるんじゃない!

生意気だ!
落ちるとこまで落ちろっ!
早く消えろ!

世間からは容赦なく誹謗中傷が浴びせられます。

しかしアメリカでは、ついこの間のマイケル・ジャクソンさんの裁判ではありませんが、有能な弁護士を高額報酬で雇えば、逆転無罪に持ち込まれるケースが非常に多いのです。

だから人々は、心のどこかでは、どうせマーサも無罪になるんだろうな・・・
なんて思っていました。

だって、“たかが”なんて言えば失礼かもしれませんが、かけられた罪状は、インサイダー取引なのですから。

人を殺したわけでもありませんし、人のものを盗んだのでもありません。

しかし判決は無常にも、有罪でした。

『04年7月16日』にニューヨーク連邦地裁から言い渡された罪は、禁固5カ月、保護観察2年、罰金3万ドル(約327万円)の実刑判決だったのです。

ピッ、ピッ、ピ?ンチ  なんて言わなくてもいいですよね。

だってこの事件の顛末は皆さんもよくご存知のはずですから。

ついこの間、ムショから出てきたばかりのマーサのことがロイター発共同で世界に向けて打電されたばかりですから。

しかしこんなことは思いませんでした?

創業者がムショに入ったのに、会社はつぶれなかったの?

通常なら創業者がムショに入ったりすれば、つぶれるか・つぶれなくても株価は暴落というのが、常識です。定説です。当たり前です。

しかし、マーサの会社は、つぶれるどころか・暴落するどころか、世間の予想とは裏腹に、株価は急上昇を始めたのです。ミルミルとスルスルと上昇を始めたのでした。

では、実際の彼女の会社の株価を見てください。
判決が実際に言い渡されたのが『04年7月16日』です。

【ここに株価のURL出してたのですが、現在その図が存在しませんので省略させて頂きます】

こんなところにマーサ・スチュワートの真骨頂があったりするのかもしれません。

なぜ?

それは彼女の開いた記者会見に、その秘密があったのです。

(つづく)

ついこの間、Googleの特許申請から「新たなランキングアルゴリズムの幾つかが明らかになった」という。



それは
「ドメイン名を取得して1年以下ドメイン契約期間が1年以下のサイトはランクを上げない」
というものです。

なるほど、それで私のホームページである
http://www.harumacky.net
は、ランキングからすべて消えて、旧URLで上位表示されてたわけですね。
(このニュースを知るまでは、なぜ?と不思議に思っていた)

まあ、とりあえずページランク2を取得できているので良かったということにしておきましょう。

でも契約期間も複数年に変更していかなきゃいけないわけですね。
この忙しい時に、色々とやってくれます・・・・  (^^ゞ

このメルマガは2005年7月13日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 23:25 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

マーサ=スチュアート(前編)

先週号は私事にて、お休みさせていただき誠に申し訳ございませんでした。たくさんのお見舞いのメールなどいただき大変感謝しております。有難うございました。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。



さてアマゾンのプロマーチャントになって、今週末でようやく1週間目の私。
まずまず順調に売り上げをこなしていますが、さすがに昨日は思わず倒れそうになってしまいました。

だって午後10時の段階で注文が全くの0。

えっ!?
0・・・・・・・?

こんなの初めて・・・・・・

仕入れが悪いのか?
もっと売れ筋商品をラインナップに加えないといけないのか?

などとみずから自虐的な自問自答。

仕方なく、夜の10時半ころから古本屋巡り。(情けない・・・・・)
ようやく帰宅したのが深夜1時過ぎ。
もうフラフラのフ~ラフ~ラ。

しかし現実というのはいつも過酷で冷酷。
成果はたったの3冊。(急いで焦って回ったから?)
現実なんて所詮がそんなもの!?
3件も回った挙句の成果が3冊では、さすがの私もチョッと気が滅入る。

しかし帰宅してからパソコンを開いてみると、アマゾンから8件の注文が。
やった (^o^)丿 ホッ。

これでなくちゃ、やってられませんネ。

梱包作業が深夜3時まで続きましたが、まことに心地よい疲労でした。
昨晩はグッスリと眠れた私でした。(^^♪

ポーランド系の移民の家庭に育ったシビル・シェパードは、父親から異常な教育を受ける。

愛情なんか必要ない。
アメリカで成功するためには有名になることだ。
そしてお金持ちになることだ。

そんな教育を小さい頃から父親に徹底的に教え込まれます。
貧乏な家庭で育った彼女は、大学時代はモデルをしながら学費を稼ぎ卒業。

結婚後はウォール街で株取引のブローカーとして働くも大損失を出し、あちこちで“嘘つきシビル”としての噂を流され、最後にはとうとう夫のアンディとともに夜逃げ同然にコネチカット州に引っ越す。

しかしここで元々手先が器用だったシビルは、「マーサ・スチュアート」というブランドで、自分自身の主婦ブランドを立ち上げる。

そしていつしか、このシビル・シェパードという名前は消え失せ、彼女自身がマーサ・スチュアートととなっていくのでした。

さあ、とうとう出てきましたネ。



「マーサ・スチュアート」という名前が。

日本でも主婦の一部にはこの「マーサ・スチュアート」の超熱狂的とも言えるファンが多いです。

また、彼女のお店は有楽町にもお店があります。


男性にとっては、その美貌の方が気になるかも?

http://www.marthastewart.com/

これがマーサのホームページ。
そして一番中央に最初に出てくるのがマーサ・スチュアートそのもの。

別に男性ではなくても、とても60歳を超えているとは思えない彼女の美貌にはただただ恐れ入るしか方法がないかも。
(このホームページでは、そんなに美人とは思わないかもネ (笑)

とにかくマーサの手にかかるとすべてが変わる。



市販のものにちょっと一手間加えれば、見栄えのいいおもてなし料理に大変身。
料理の小道具も可愛い。
インテリアもマーサの手にかかれば、大変身。

なにしろマーサの思想の根幹をなすのは「家事は芸術」なのです。
芸術というのはまことに人の心を豊かにします。

『智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。』

これはあの夏目漱石の草枕の有名な冒頭部分の一節です。
芸術の定義をまさに端的に説明されたあの一節です。

マーサにとっては、そんな言葉を持ち出すまでもないことかもしれません。

だってマーサの可愛いらしい小道具などを使うことで、家庭内に笑顔が生まれる。



笑顔が生まれるから、会話が生まれる。
家庭内で会話が生まれると、自然と楽しくなる。

楽しくなれば、人間というのは生き生きとしてくる。
表情が明るくなる。

表情が明るくなれば、周りまでも自然と明るくなるというものです。
笑顔で場が和めば、巡り巡って自分自身が幸せになれるというものです。

これこそが正に“笑う角には福来る”そのものなのです。
福が来てから、ニンマリと笑っているのとはワケが違うのです。

とにかくマーサの言うとおりにするだけで、家庭に笑顔が生まれるのです。
これをマスコミがほおっておくわけがありません。

やがて出来た彼女のTV番組『マーサ・スチュワート リビング』はテレビ界のアカデミー賞とされるエミー賞を6回受賞し、本人もフォーチュン誌の「最もパワフルな女性50人」や、タイム誌「アメリカで最も影響力を持つ25人」、フォーブス誌が選ぶフォーブス400人にも選ばれています。

そして彼女の会社は上場を果たし、彼女は億万長者に。
しかしこの栄光は決して長くは続きませんでした。
ある事件をきっかけに、彼女は窮地に立たされることになるのです。

そしてマーサに元々反感を持っていた人たちが一斉にバッシングを始めます。
徹底的に彼女は、マスコミの餌食にされることになるのです。
今までとは、打って変わって。

(つづく)

楽天日記でもお馴染みのカリスマせどらーの“ちとせさん”がとうとう今大流行のM&Aをしたようですね。



儲かるから、某法人の傘下に入り、自分自身の才能を開花させるというもののようです。

7月に入ってからの彼女の第一声は、非常に気になるところですね。

このメルマガは2005年7月6日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 23:15 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

マーサ=スチュアート(序章)

つい先日マイケル・ジャクソンさんが全面無罪を勝ち取りました。報道などで皆さんもご存知のことと思います。



アメリカの世論調査によると、ほとんどの人が
“マイケル・ジャクソンってホントは有罪じゃないの?”
と思っているのだそうです。

しかし法廷で無罪と出た以上無罪なのです。
これは近代国家の民主主義の鉄則です。
疑わしきは罰せずの原理原則を貫いた結果だからだそうです。

さて皆さんは、どう思いましたか?

法律論などをここで論じても始まりません。
そして感情論をここで論じても何の結果も生みません。

だってこのメルマガは
「勝つためには、どのように行動すればよいのか」
を勉強するためのものだからです。

この事件で一番大切で決して忘れてはならないことは、アメリカ国民の誰もがそして世論が

人間の感情論だけで動くこの“陪審員制度”がもたらした結果について誰も疑問を呈してはいないということだと私は思います。

つまり人間と言うのは感情の動物なのだから、
“感情で判決が出たっていいじゃないか”
ともとれる(?)世論がその底流に横たわっているのではないでしょうか。

そしてアメリカには、もう一つ感情論だけで動いた大事件がありました。
まだ最近の話なので覚えている方も多いのではないかと思います。

世界中からバッシングにつぐバッシングを受けながら、崖っぷちに立たされながら、それをわずかたった一夜にして、好感度ナンバーワンへと世論をガラリ
と変身させてしまったあの女性のことです。

さて本日はそんな女性のお話です。


世間が感情で動くならパフォーマンスであろうとなかろうと、どんな手でも使って世論を貪欲に動かそうではありませんか。

人間には、良くも悪くも“嫉妬”という感情があります。



この“嫉妬”という感情を上手に使いこなせた人というのが世間から好感度を得ます。これはまぎれもない事実なのかもしれません。

今大流行しているお笑いについても同じだと思います。

このお笑いというのは、相手が常に持っているこの“嫉妬”という感情をテコの原理にて、静かに和ませながら上手に相手を優位に立たせるというものなのではないかと私は思っています。

相手より優位に立てば、人間というのは余裕が出てきます。
相手を慮るという余裕が。
余裕が出てくれば、相手についつい同情するという行動メカニズムが人間にはあるのです。

だからヘタクソな芸人やシロートが下手に相手を笑わせようとすると、そんなメカニズムを理解していないために、即座に笑いではなく怒りに変わってしまう場合が多いです。

良くも悪くも人間と言うのは、感情の動物なのです。

あの貴乃花親方が現役時代に「若乃花関の相撲は基本がなってない」と発言したことがありました。



すると若乃花関は
「どうもスイマセン。<(_ _)> もう一度相撲を基本から勉強し直します」
と切り返したものです。

若乃花関とて横綱を張った人間です。
弱い力士が横綱など張れるわけがありません。

そんなことは言われなくても誰でも知っているこです。

つまり若乃花関の発言というのは、この世間の“弱い力士が横綱を張れるわけがない”という常識論の平衡感覚を崩すことで、こんな馬鹿げた発言をした貴乃花関をひとり悪者にしてしまうという効果を生んだために、若乃花関の好感度をアップさせたのです。

若貴の戦いが今に始まったことではないことは誰でも知っています。

貴乃花関の方が、たぶん実直で真面目な人間ではないかと大半の人が思っているのではないかと思いますが。

しかしパフォーマンスに関しては元若乃花関(花田勝さん)の方が一枚も二枚も上手(うわて)なのです。

インターネット業界についても同じことが言えるかもしれません。

ソフトバンクグループを擁する孫氏。
楽天グループを率いる三木谷氏。
ライブドアグループの堀江氏。

そして企業の規模では
孫氏>三木谷氏>堀江氏
の順番になるわけですが、そのままこの順番はその商売のエグさをある意味では示しているのかもしれません。

つい先日もソフトバンクグループの中核を担うヤフーオークションにて、地元住民へのご愛顧のために配られた愛・地球博のドイツ館の優先入場券が、ヤフーオークションで転売されていた件に関しても、ヤフーは“自己責任”の名のもとに一刀両断。

そして本日も明らかになった、

タレント佐藤江梨子さんをモデルにした啓発ポスターが、国内最大手のインターネット競売「ヤフー・オークション」などに出品された件に関しましても、ヤフーはひたすら“自己責任”を強調。

別にヤフー側が、すべてに渡って同じ姿勢をとっているならば何の問題もないと私は思います。

しかしヤフーは「儲からない」もしくは「マスコミなどの話題にものぼらない」ものに関しては、すぐに削除(笑)

言われなくてもすぐに削除(笑)
即効削除(笑)
自主的に削除(笑)

しかし逆に言えばこのあたりの“したたかさ”がヤフーをヤフーたらしめているのかもしれません。

もともとヤフーオークションが日本でナンバーワンになったのは、あの“タイムマシン”の出品でマスコミが大々的に宣伝してくれたおかげですからね。

さて前段が長くなってしまいました。

そしていよいよ来週は、これまでのことを踏まえてアメリカが生んだカリスマ主婦・マーサ=スチュアートについての光と影について思う存分語ってみたいと思います。

96年にはタイム誌が選ぶ“もっとも影響力のある25人”に選ばれたマーサ。

そしてあの忌まわしい事件に巻き込まれて、世界中からバッシングの嵐。
アホ・ボケ・カスの中傷誹謗。

そして普通だったらこのまま消えていくはずだった。
消えていってもおかしくなかった。

しかし彼女は、たった一夜にしてこの世論を跳ねのけてしまう。

たった一夜にして
「頑張って!」
「アナタだけは他の人と違うと確信してたワ」
「ホントに素晴らしい!」
「ブラボー!」
「絶対につぶれたりしないで!」

彼女は、世間を“たった一夜にして”賞賛の嵐に巻き込んでしまうのです。

(つづく)

本日私は病院に行って、コレステロール値が高いと言われました。そしてとうとう薬物治療をすることに。(^^ゞ



先週“あるある”で紹介された寒天を捜し求めているのですが、この私は、とうとう薬物治療 (^^ゞ 

果たして私は寒天を食べ続ければ、体が良くなるのか?

このメルマガは2005年6月22に発行されたものです。

[ 2009/12/31 22:58 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

銀だこ(後編)

貴乃花親方って、しぱらく見ないうちに随分とスリムになりましたね。そしてよくもまあ、ペラペラと喋るようになりましたね。どちらかというと寡黙という印象が強かったですからね。私も思わずビックリしてしまいました。



さてこの前もワイドショーに家政婦さんが出演しておりましたが、家政婦という職業には守秘義務ってないのでしょうか?

テレビに出演されて家庭内のことをゴチャゴチャ喋られたら、ホントにたまらないですよね。だって家庭内のことをほとんど知っているわけですから。

「家政婦は見た!?」のシリーズは、確かに面白いですけど、あれはあくまでもドラマですからネ。

まあ私が家政婦を雇うことはないと思うので、どうでもいいことなのかもしれませんが。 (>_<)

前号までのあらすじ



「築地銀だこ」を運営している株式会社ホットランドの佐瀬守男さんは、本当にピンチピンチの連続でした。

実は「銀だこ」2号店を北海道に出店させた時に、すれ違った幼い女の子が、
やっと買えたネ。
「銀だこ」のタコ焼きが。
帰ったら、おじいちゃんとおばあちゃんとお父さんとお母さんとお兄ちゃんと一緒に食べようね。(^o^)丿

という一言を聞いて人目もはばからず思わずその場で泣き出してしまったことがありました。

それは、それまでの苦節の連続から、本当の意味での商売の本質的意味を悟ったからなのかもしれません。

まず佐瀬さんは今から17年前に桐生で焼きそば屋を開店させます。

全然お客が入らないので、生活が苦しくなったため、致し方なく新聞販売店で新聞配達のアルバイトを始めます。

そして禁じ手を使ってしまいます。

新聞に勝手に自分の店の折込を入れて新聞を配達して、客を呼び、店の経営を立て直してしまいます。

そして更に儲けるために、アイスクリームの中にアンコを入れて、アイス饅頭として焼きそば屋で夏だけの限定販売をしたのだが、これがバカ売れ。

そしてこのアイスを大量生産をして一挙に儲けようと目論んだのです。

そのために親に自宅を担保に入れさせ、工場を建設するのですが、さすがにそこまでは爆発的には売れなかった。
そして佐瀬さんに残ったものは、ただただ莫大な借金だけでした。

起死回生として佐瀬さんは、スーパーへの出店を決めるのでした。

佐瀬さんの人生の特徴としては、いいとこまでは行くんだけど、肝心要めのところで、チャンスが掴めずピンチに陥っていくという連続だったのかもしれません。



佐瀬さんは、徐々にそのことに気づいていました。
だからこのスーパーの出店で、絶対に失敗するわけにはいきませんでした。

まずは、昔とった杵柄で、焼きそばなどを売っていたのですが、どうもスーパーの客層には焼きそばはあわなかったため、考えに考えた末に“タコヤキ”を主流に販売することに決めました。

この佐瀬さんの戦略は、見事に的中。

お店は、押すな押すなの大盛況でした。

しかし今までのパターンでいくと、ここからが危ない。



そんなことを薄々と感じていた佐瀬さんは、今までと違って“タコヤキ”に専念しようと心に決めます。

まずは独自の鉄板を開発し、タコも自分で産地まで赴き、最高の材料だけを厳選します。

そんなこともあって、評判が評判を生み、なお一層お店は繁盛をしていきます。

それでも佐瀬さんが手を抜くことは決してありませんでした。

そしてこの“タコヤキ”を極めてから、他の商売をやるならやろう。
この“タコヤキ”を極めるまでは、絶対に他の商売に浮気心を持たないでおこうと誓いました。

しかしピンチというのは期せずして襲ってくるものです。

ある日、佐瀬さんの元に一本の電話がかかってきます。



社長、お店が火事ですっ!

えっ!???
もう佐瀬さんは愕然としてしまいました。

せっかく築いてきたものが、もろくも崩れ去っていくのがハッキリとわかりました。せっかく掴んだつかの間の栄光もホンの一瞬で崩れ去っていきました。

自分の店から出火した以上、このスーパーからも出て行かねばなりません。

ショボンとしょげ返った佐瀬さんは、とうとうこのスーパーから出ていかねばならなくなった日に、このスーパーの店長さんのもとに挨拶にいきました。



佐瀬さんは、もはや夢も希望もなくなったような感じでした。
すると店長が言いました。

今回は閉店間際の出火で、けが人も無くてよかった。
そして君は絶対に成功するから、絶対にこれからも頑張ってくれよ。

俺はちゃんと見ていたよ。
君が朝早くから店にやってきて、懸命に仕事をしているのを。

その姿勢を貫いていく限り、絶対にいつかは這い上がってこれるから。

佐瀬さんは思いました。

みんな見てないようでキチンと見てるんだ。
俺のやり方は決して間違ってはいなかったんだ。

よしっ!もう一度タコヤキ屋で出直してみよう。
立ち直りがいつも早い佐瀬さんは、早速新しい店舗の物色に出かけたのでした。

「築地銀だこ」が、現在では年商126億円、フランチャイズ店舗数が今や日本全国に300店舗という急成長を遂げることができたのも、この店長の一言があったからなのかもしれません。

マイケル・ジャクソンさんが全面無罪を勝ち取りました。



新聞報道によると、少年の母親が、以前にも“お金目当て”での係争をおこしたことがあり、今回も“お金目当て”の可能性が高いと陪審員たちが判断したのが勝因だったようです。

ほとんどの陪審員が、マイケル・ジャクソンさんは“クロ”ではないのか?と思いながらも、このたった一つの心証だけで、表決がひっくり返ったようです。

いよいよ来週は、たった一夜にして世論を変えてしまった方のお話です。

バッシングの嵐から賞賛の嵐へとガラリと変えてしまった方のお話です。

このメルマガは2005年6月15日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 22:28 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

銀だこ(中編)

とうとう日本が勝ったようですね。W杯出場、おめでとうございます。



特に後半44分の大黒様のゴールは圧巻でしたネ (^o^)丿

前号までのあらすじ



「築地銀だこ」を運営している株式会社ホットランドの佐瀬守男さんは、本当にピンチピンチの連続でした。

やっとの思いで出した桐生の「銀だこ」1号店は何とか成功しました。

そして2号店をどこに出そうかと思案していた時に、北海道からわざわざこの「銀だこ」へ訪ねてきた方がおられました。

話を聞けば、ついこの間まで家具屋の経営をしていたのだが、倒産させてしまったとのこと。そして再起をかけて「銀だこ」を北海道へ出店させたいとの思いをアツく語ります。

「まあ、どうせ早々と尻尾を巻いて逃げ帰るだろう」と踏んでいた佐瀬さんの考えとは裏腹に、その方は本当に死ぬ気で頑張りました。

だから佐瀬さんは迷わず「銀だこ」2号店を北海道に出店させます。

そしてその苫小牧店へ陣中見舞いに行く道すがら、おばあちゃんに手を引かれた小さな女の子が

やっと買えたネ。
「銀だこ」のタコ焼きが。
帰ったら、おじいちゃんとおばあちゃんとお父さんとお母さんとお兄ちゃんと
一緒に食べようね。(^o^)丿

という一言を聞いて人目もはばからず思わずその場で泣き出してしまいました。

自分の店が誉められたから?
北海道に出したお店が成功したから?

いえいえ、違います。

その涙の裏には、佐瀬さんがまさに自分自身で実際に歩んできた挫折だらけで傷だらけの人生があったのでした。

佐瀬さんは、「築地銀だこ」を成功させた今でも夢を追っています。この前も「靴磨き」の商売を立ち上げたばかりです。



将来的にはこの靴磨きで業界初の上場を果たすのが夢だそうです。

佐瀬さんの生きざまを見ていると、本当に

苦しいから辛いんじゃないんだ。
夢がないから辛いんだ。

というのが正に見てとれます。

佐瀬さんは桐生で平成元年に一番最初のお店の焼きそば店を始めます。
始めた当初は、

「よしっ!俺はこの焼きそばで天下を取ってやる」
と思ったそうです。

しかしそんなに世の中は甘くはありません。

佐瀬さんの店は全然流行らず、生活にも困窮するありさま。
仕方なく佐瀬さんはアルバイトをさぜるを得なくなりました。

昼間は客が来ないからといって、一応店を閉めるわけにもいかないので、限られた短い時間だけ拘束される新聞配達のアルバイトに決めました。

しかし、新聞配達をしながらも「どうやったら店が繁盛するんだろう?」ということばかりを考えていた佐瀬さんですが、ついにグッドアイデアを思いつきます。



新聞の折込として自分で勝手に作った。

「焼きそば配達料込みで300円、どこへでも配達します!」

というチラシを販売店の許可も得ないで、自分が配達する区域の新聞の中に勝手に入れて新聞とともに配達したのです。

すると、このアイデアが功を奏し、次々と自分のやっている焼きそば店へ注文が舞い込んでくるようになったのでした。

そこで新聞販売店を退職し、自分のお店に専念できるようになりました。

そして何とか焼きそば店も徐々に黒字へと転換していったわけです。時は、平成2年のころの話です。



しかし平成2年と言えば、うだるような猛暑でした。
常に火を焚いている店内では、まさに地獄的暑さとも言ってよい状況です。

アイスクリームでも食べながら仕事でもしないとやってられんと思った佐瀬さんは、アイスクリームの製造機を中古で買ってきて、店内で自分で作って食べたりしていたのですが、ある日のこと、冗談半分でアンコをアイスクリームの中に入れてみると、これがなかなか“いける”味だったのです。

これは売り出せば、ひょっとしたら大ヒットするかもと思った佐瀬さんは、すぐに行動に移します。
早速父親に相談して、自宅を担保に7千万円を借り入れさせ、何とアイスクリーム工場を作ってしまったのです。

これで繁盛すれば“ジャパニーズドリーム”だったのでしょうが、佐瀬さんのもとに残ったのは、ただ単に莫大な借金だけでした。そう、つまり失敗してしまったのです。

途方に暮れた佐瀬さんは、最後の一発逆転をかけ、スーパーへの出店を決意するのでした。

結論から先に言うと(ルール違反?)、結果はやはりまたよろしくなかったようです。しかしそのピンチのどん底で、佐瀬さんはスーパーの店長から一言を頂きます。

そして思います。

俺は間違ってなかったんだ!

そしてその一言こそが今日の「築地銀だこ」の原動力となっているとも言えるわけですし、そしてそれが北海道で人前もはばからず号泣させた原因だったのかもしれません。
(つづく)

今日と明日のニュースはW杯一色でしょうね。



前半は少し心配でしたが、明らかに後半、流れが変わりましたね。
だから勝負というのは面白いです。

本当にドイツ行き、おめでとうございます。

このメルマガは2005年6月8日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 22:22 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

銀だこ(前編)

今年も早いもので、あと1ヶ月で上半期が終了いたします。つまりあと1ヶ月で今年の折り返し地点に到達というわけです。



さて、皆さんはここまで、予定通りにことが進行していますでしょうか?。

予定というのはあくまでも未定であって決定ではありませんが、予定通りに物事が進行していれば、やはり“やる気”というものが違ってきます。

もし大幅に予定が遅れているものがあるのであれば、ここで思い切って修正してみましょう。

ムリなものにいくら時間を費やしてもムダです。

できることからコツコツと徐々にこなしていけば、ムリなものでもやがては、それは実現が可能だからです。

苦しいからから辛いのではありません。
夢が無いから辛いのです。

そしてその夢は実現させなければ、まったく意味がありません。

ファーストフードと言えばハンバーガーというのが定番ですが、ここのところチョッとばかりその事情が変わってきています。

銀座の一角に昼休みともなれば長蛇の行列をなす一軒のお店。
そう、知る人ぞ知る「築地銀だこ」というタコ焼き屋さんです。

特性のオイルにてタコ焼きの表面を軽く焼くというのが、このお店の特徴。

だから表面はパリパリとしているのですが、ひとたび口にすると、そこからはトロリと口の中でその中身がとろけてくるのです。

これが受けに受けて、現在では年商126億円。
フランチャイズ店舗数が今や日本全国に300店舗。

その「築地銀だこ」を率いているのが、株式会社ホットランドの佐瀬守男さんです。そしてこの佐瀬さんは、経験と実績を積めば、必ず独立させる経営者としても有名です。

そこには深い理由がありました。

桐生で「銀だこ」1号店を創業した佐瀬さんが、ようやく経営も軌道に乗って、2軒目をそろそろ出そうと考えていた時のことでした。



北海道で家具屋さんを経営していたというある男の人が、この「銀だこ」を突然訪ねてきました。そして語り始めたのでした。

私は、家具屋を北海道で営んでおりました。
残念ながらそのお店は、もう倒産させてしまったのですが。

しかし貴店のタコ焼きが美味しいと聞きつけて、北海道で是非ともチェーン展開をして再起を帰したいので、どうか私を雇って欲しい。
とのことでした。

佐瀬さんは、二つ返事で「いいよ」と返答します。

そんなこと言ったって、この仕事の厳しさに音を上げて、どうせソソクサと逃げ帰るだろうと思ったからです。

しかしその人もなかなかどうして根性が座っていました。

倒産をも経験してきた人です。
生き残りをかけて、再起をかけて、必死なのです。真剣なのです。

やがてみるみるうちにその北海道から出てきた人は、次々と仕事を覚えていきました。



佐瀬さんは決断します。
2号店は北海道で、この人に出してもらおう。

そして念願の2号店はフランチャイズという形をとって、苫小牧にオープンしたのでした。

フランチャイズとは言っても、実は名ばかりで、加盟金も店舗もすべて佐瀬さんが融資するという形で行われたものです。いや、どちらかと言えば融資というよりは、投資に近い形でそれは行われたのでした。

オープンしてから1ヶ月くらいたったある日のことです。
佐瀬さんは、ようやく時間ができたので、その苫小牧のお店に陣中見舞いに行こうとしたその道すがらの出来事でした。

たまたますれ違った小さな少女の手には、「銀だこ」の紙袋が。
そして一緒に歩いていたおばあちゃんに話しかけています。

やっと買えたネ。
銀だこのタコ焼きが。
帰ったら、おじいちゃんとおばあちゃんとお父さんとお母さんとお兄ちゃんと
一緒に食べようね。(^o^)丿

佐瀬さんは、思わず泣き出してしまいます。人目もはばからずに。



自分の店が誉められたから?
北海道に出したお店が成功したから?

いえいえ、違います。

その涙の裏には、佐瀬さんがまさに自分自身で実際に歩んできた挫折だらけで傷だらけの人生があったのでした。

失敗して涙したあの日。
悔し涙を流したあの日々。

明らかにそんな涙とは一線を画す本日流した涙。
そしてこの「タコ焼き」だけは大事にしようと改めて誓った涙でもありました。

ピンチが来たと思ったらチャンスが。
しかしまたまたピンチが。

しかしそのたびに次々と成長してきた佐瀬さん。
そして今でも失敗さえも恐れず立ち向かっていく佐瀬さん。

経験と実績さえ積めば、必ず独立させるという佐瀬さんの方針は実はこんなところから生まれたのかもしれません。

(つづく)

皆さんから寄せられるメールの中で結構多いものに、



ハルマッキーさんのネタ本って何ですか?
よかったら教えてください。

というのが非常に多いです。
正式な始動は8月?9月くらいを予定しています。

ひょっとしたら harumacky.net 内に変更させていただくかもしれませんが。

正式に動き出せばまたここでもご報告させていただきます。

このメルマガは2005年6月1に発行されたものです。

[ 2009/12/31 22:15 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

ナルミヤインターナショナル(後編)

迷惑メール対策にEudoraをそろそろ私も導入しようかな、なんてことを1ヶ月くらい前に私はこのメルマガで語りました。



しかしゴールデンウィーク後に Firefox が不死鳥のように蘇ってきましたので今では Firefox のメーラーである Thunderbird を使っています。

もちろんご存知の方は、ご存知だと思いますが、無料のフリーメーラーです。

でもこの Thunderbird って、すんごく賢いですね !
本当にビックリしてしまいます。(^o^)丿

迷惑メールボタンをポチッと押せば、その迷惑メールに関して同類項と思われるメールを次々と迷惑メールと自動的に認定して「迷惑メールフォルダー」に送りこんでくれます。

もちろん使い始めてから1週間くらいは、間違うこともありますので、自分自身で手動で訂正していかなければなりませんが。

しかし鍛えれば鍛えるほど、その迷惑メールを見分ける精度は高まっていきますし、かなり賢いですよ、このメーラーは。本当に。

今ではほぼ間違うことのないくらいに私のThunderbirdは賢くなっています。
使ってみたいという方は、こちらからどうぞ。 全くのフリーウェアーです。

http://www.mozilla-japan.org/products/thunderbird/

無料のためサポートはありませんが、結構使いやすいです。
またページ中には有志たちがボランティアにてわからないことを解決しておられるページもございます。


いちいちパソコンで調べるのが面倒だという人は、マニュアル本なども発売されております。(まだ発売されたばかりですので最新のものです)

前号までのあらすじ



ナルミヤインターナショナルの成宮さんは、ニューヨークの高島屋で勤務しておりました。

成宮さんが配属された日本雑貨店では売り上げがさっぱり上がりませんでしたが、成宮さんのアイデアで日本雑貨店の純和風の商品をニューヨーク風にアレンジしたおかげで、売り上げは一転うなぎのぼりのように急上昇します。

家庭の事情で家業の呉服店を継がなくてはならなくなった成宮さんは、思い切って“K-FACTORY”という洋服のブランドを立ち上げます。

高島屋でも評価されていた成宮さんの眼力というのは、さすがです。
次々と各地でのファッションショーを成功に導き出すのです。

そしてニューヨークで行ったNYコレクションでも拍手大喝采でした。
しかしニューヨークでは、洒落のつもりでド派手にした子供服がなぜか受けに受けました。

それに気をよくした成宮さんは、日本に帰国するとすぐに子供服のブランドを立ち上げたのでした。

しかし同業者たちは、そんな成宮さんに対して冷笑を浴びせたのでした。

これから少子高齢化が来るというのに、どうして子供服の市場なんかにわざわざ新規参入するの?

売れるわけないでしょ!
とうとう成宮さんの頭のネジも緩んじゃったのか!?

しかし成宮さんには確信ともいえる勝算がありました。



親の側からすれば、子供に着せたい服がない。
子供の側からすれば、着たい服が全くない。

しかしメーカーの側からすれば、『売りたい服は沢山ある』という現実です。

成宮さんは、この堕落的な構造をすでに見抜いていたのです。
その裏には、今にも爆発せんばかりの膨大な空白市場があることを。
そしてこの空白市場を攻略できれば、間違いなく宝の山にぶち当たることを。

小中学生たちの母親と言えば、an-an(アンアン)世代なのです。
オシャレでなければ女性じゃないという、まさに時代の寵児なのです。

そして、現在は長野県知事である、田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』という本が青春時代に大ヒットした時代でもあるのです。

しかし子供服を供給するメーカー側は、依然として「子供服なんて子供ダマシ」で構わない、「可愛く見えればそれでいい」というスタンス。まさに自分勝手な
発想を押し付けるだけの全く消費者を無視した市場だったのです。

そこに成宮さんの経営哲学の底流をなす“非効率の効率”という概念が生まれた瞬間でもあったのかもしれません。

一見非効率だと思えることこそ、ジックリと考えてみれば実は非常に効率的だったりするというパラドックスがそこに隠れているのでした。

つまりピンチはチャンスだというこのメルマガのコンセプトと全く同じなのです。
(思わず興奮して成宮さんと私を同列に並べてしまいました 失礼  <(_ _)> )

高島屋ニューヨーク支店で培った成宮さんの“消費者至上主義”はこの子供服分野でも炸裂します。



しかし成宮さんは、やがて致命的な欠陥に気付くのでした。

それは“スピード”です。
“スピード”がないというのは、この子供服の業界では致命的な欠陥なのです。

なぜか?

それは簡単なことです。
子供というのはやたらと成長が早いため、子供の欲求を満たすようなデザイン
を探求していたら、子供は直に大きくなってしまうからです。

しかし
デザイナーはいない。
パタンナーはいない。
売り場はない。
雑誌はない。

すべてがないないづくしのスタートで始まったこの子供服の事業。

成宮さんには、スピードがなくて当然だったのです。

とにかく流行の移り変わりがまさにスピーディーなのです。
大人の世界と違って、子供の世界というやつは。

ピッ、ピッ、ピ?ンチっ!

しかしそれはまさにチャンスでもあったのです。
少なくとも成宮さんにとっては。

だって、だからこそ、どこのメーカーも子供服市場と真剣に向き合わなかったのですから。

いや、向き合えなかったのですから。
その移り変わりのスピードこそがネックになっていたのですから。
子供服メーカーにとっては。

ここでも成宮さんの“非効率の効率”が炸裂します。



一見難しく思えるこの問題もいとも簡単に解決してしまいます。

だったら大量生産ではなく、少量だけどスピードを優先させようということになったのです。

解答を聞いてしまえば、なあ?んだ、そんなことかと思われるかもしれませんが、これこそがまさに“非効率の効率”そのものなのです。

そしてこの方式が子供たちの心をガッチリと掴んでしまうのです。

あの時に買っておけば良かった・・・・・・・という気持ちがいつもいつも子供たちの心を無いものねだりの気持ちにさせていったからなのです。

徐々にNARUMIYAブランドは、子供たちの間で浸透していきます。

そしてそんな時にタイミングよくデビューしたのが、あのモーニング娘。だったのです。

そしてまたそのモーニング娘。が大ヒットするのですが、彼女たちもまたテレビで着るオシャレな服がなかったのです。

だから彼女たちも競って、NARUMIYAブランドを着はじめたのでした。

モーニング娘。が着てるから、よけいに欲しくなる。
もう誰にも止められないくらいのスピードで、このNARUMIYAブランドは浸透していくのでした。

そして今や、無いからこそ、オークションでも奪い合いという定番になってきた
ようですね。

このメルマガは2005年5月25日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 21:22 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

ナルミヤインターナショナル(前編)

「オレオレに 亭主と知りつつ 電話切る」      (反抗妻)



今月の初めに、第一生命保険が発表した「サラリーマン川柳」の人気投票結果で、堂々の一位を獲得した作品です。

世間を騒がせた「オレオレ詐欺」に、家庭の夫婦関係をコミカルに絡めた作品が1位に選ばれました。

でも、もう「オレオレ詐欺」は古い?

最近はワンクリック詐欺が家庭内不協和音を次々と生み出しているようです。
皆さんのところにも来ると思いますが、愛人や彼女を装った巧妙なメール。

「そういえばアドレスを変えたから変更よろしくね」

これを覗き見た奥様や彼女が、激昂してとりあえず証拠をつかんでやろうと、意気揚々とそのアドレスをクリック。
アウトっ!

そこには世にも恐ろしいワンクリック詐欺が。  クリックしたあとに、「会員登録が正常になされました。お問い合わせは○○まで」との表示。

本人ではなくて、覗き見した相手に確実にクリックさせるのが今の手口。

しかも覗き見をしたという罪悪感からその会員登録を取り消さなければと、ウロたえた奥様や彼女があわてて電話やメールなどを即座に返して、こちらの個人情報をわざわざ教えてしまうという一番おいしいパターン。

ワンクリック詐欺なんて、本人がクリックしなければいいじゃないか!
だいたい、そんな変なメールをクリックした奴の自己責任じゃないか!

なんてノー天気なことを言っていたら、アナタも思わぬ落とし穴にはまってしまいますヨ。

詐欺に引っかからなくとも家庭内がグチャグチャになってしまうケースもここのところ増大しているという。

「だいたいが人のメールを勝手に見るオマエが悪いんだろ!?」
「オレのことをそんなに信じられないのか?」
「おまえの責任なんだから、勝手に自分で処理しろっ!」

もうこうなれば、ドロドロの泥沼状態。

昨年末、竹中大臣は「景気の最悪期は脱した」と発言。



その言葉が正しいかどうかは別として、なかなか実体経済というのは、悪いところはやはり悪いようで、巷ではダンピングなども続いているようです。

売り上げをあげていくためには多少値段を安くしてでも次々と在庫商品を捌いていく必要があるからです。

しかしそんな中、

高いのに売れている。
売れているからすぐになくなる。
なくなるから余計に欲しくなる。

な?んていう、聞けば羨ましくなるような企業があります。

その企業は、ファッション発祥の地“渋谷”の中でも大人気の109-2の7階に陣取っております。

ANGEL BLUE(エンジェルブルー)
BLUE CROSS(ブルークロス・文字化けするのでハートマークは使用せず)
DAISY LOVERS(デイジーラバーズ)
pom ponetto(ポンポネット)
Mezzo Piano(メゾピアノ)

そう、NARUMIYAブランドを擁するナルミヤインターナショナルです。
ついこの間(3月9日)上場を果たしたばかりのあの企業です。
そしてその企業を牽引していっているのが社長の成宮雄三さんなのです。

成宮さんは、1936年に呉服屋の三男として生まれます。



大学を卒業後、高島屋に就職した成宮さんは、高島屋ニューヨーク支店の日本の雑貨売り場に配属されるのでした。

当時のニューヨークといえば、ヒッピー全盛の個性的な時代。

だったら、さぞかし成宮さんが配属された雑貨売り場も売れに売れたんでは?
と思われるかもしれませんが、それがサッパリ全然売れません。

悩みに悩みぬいた成宮さんは、その日からニューヨークの街をウロウロし始めるのでした。

えっ?  何のために?

何で売れないのかを草の根作戦にて探ろうという戦法なのです。
そしてとうとうわかったのでした。

早速成宮さんは会社に売り上げが急進する案を提案します。
それは純和風の商品をニューヨーク風に全てアレンジするというものでした。

会社側は大反対。
それでは日本のイメージを損なうからです。
間違った日本のイメージをアメリカ人に植え付けてしまう。

しかし売り上げを上昇させる秘策など他にはありません。
仕方なく会社側は成宮さんの意見に渋々従うのでした。

しかしそれがニューヨーカーに大受け。
その日本雑貨店は大ヒットとなったのです。
ニューヨークっ子に受けに受けたのです。

成宮さんは、まもなく父親から高島屋を退職して日本に帰ってくるようにと言われます。



成宮さんの実家である呉服屋の建て直しを図って欲しいと父親に頼まれたためです。

ニューヨークで高島屋を立て直したとの自負を持っている成宮さんは日本に帰ってくるや否や呉服屋とはまったく正反対の“K-FACTORY”というファッションブランドを立ち上げて洋服の販売を始めるのです。

もう呉服屋なんて古い。
これからは斬新的なファッションで勝負しなければ企業は生き残れないと成宮
さん自身が考えたからです。

そしてまさに成宮さんの読みはズバリでした。

その通り非常に斬新的なファッションブランドだった“K-FACTORY”は日本でも
受けに受けたのでした。

そしてその余勢をかって、成宮さんの古巣でもあるニューヨークでもファッションショーを行いました。

もちろんニューヨークでも成宮さんのファッションセンスは大絶賛です。

しかしニューヨークでのファッションショーでの印象は日本でのそれとは若干ですが違っていたようです。

シャレのつもりで無茶苦茶ハデにした子供用のファッションがニューヨークでは意外に大絶賛されたのでした。

成宮さんは決断します。

「これからは子供ファッションの時代だ。よしっ!ジュニアファッションブランドをたちあげて、これからはそれで勝負するゾ」

早速行動に移した成宮さんですが、すぐに壁にブチあたります。

デザイナーはいない。
パタンナーはいない。
売り場はない。
雑誌はない。

すべてがないないづくしのスタート。

それにその当時から言われていたことだが、日本はいずれ少子高齢化の傾向なので子供にターゲットを絞った経営戦略など成功するはずがない、というものでした。

商売の世界は所詮  勝てば官軍、負ければ賊軍   なのです。

それまでに成功を重ねてきた成宮さんとて例外ではありません。
容赦なく中傷誹謗が浴びせられ続けます。

だいたい少子化が続いているのに、何で子供をターゲットにするの?
バカじゃあないの?
だから言ったじゃない!
正直、やってられんよ。

そんな苦しい時代が成宮さんには3年も続くのでした。

そしてその苦しい日々がまさに終わりを告げようとした時に、まさに“神風”が吹き荒れたのです。まるで嵐が来たように。まるで荒れ狂った海のように。

それは成宮さんの考え方に間違いがなかったからに他ならないのですが・・・・
(つづく)

カレーライスという料理は、もともとインド料理です。しかし世界においては、カレー料理には3種類あると言われています。



本場のインドカレー。
そしてフランス料理としてのカレー。
そして最後に日本のカレー。

日本のカレーの最大の特徴はジャガイモが入っていることだそうです。
フランスのカレーはミルクが入っているのが特徴だそうです。

別にインドカレーを冒涜しているわけではありませんが、その場所その場所において特徴的な発展を遂げるのもまた文化なのかもしれません。

成宮さんは、そのことを一番よくわかっていたのかもしれません。

このメルマガは2005年5月18日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 21:15 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

堀之内九一郎(後編)人生の浮き輪

さてゴールデンウィークが終了しましたが、皆さんは如何お過ごしだったでしょうか?



もうそろそろ何とか休みボケから脱却した頃かもしれませんね。

私は忙殺です。(-_-;)

またゴールデンウィーク中にはたくさんのメール有難うございました。
応援や励ましなどのほかに叱咤激励のメールもいただきました。

私自身も謙虚に受け止めるべきところは受け止めて、今後とも頑張っていきたいと思います。ヨロシクお願いいたします。

返信は順次、今週中までには、終了させる予定でございます。

日曜日までに私からの返信がもしなければ、間違えて削除もしくはNGワードなどがあったために自動削除になった可能性もありますので、お手数をかけて申し訳ございませんが、もう一度メールしてみて下さい。

まあ、それにしても迷惑メール多いですネ。
私もそろそろEudoraを導入しようかと検討中です。
ただ値段がねぇ・・・
でもすべてシャットダウンするということで人気は絶大だそうです。

だって私なんかの場合

Re:
Mail Delivery failure

なんかが件名に入っている場合は絶対に開きますからね。
でもEudoraならキチンと処理してくれるそうです。
さすがホリエモンですね。

本当に『あの手この手』を使って開かせようとするメールには私もホトホト疲れ果ててしまいました。

前号までのあらすじ



リサイクルショップ生活創庫を経営している堀之内九一郎さんは小学生の頃に夜逃げを経験します。

親がやっていた製油業は当時の物資不足も手伝ってかなり景気がよかったのですが、父親が儲かっている以上に金使いが荒かったために会社を倒産させてしまったためです。

しかし父親は夜逃げ先でもう一度0からこの製油業を立ち上げるのです。

そして数年後には、住んでいた家がトタン小屋の家から立派なお屋敷へと変化していくのを子供ながらに見ていた堀之内少年は、自分も大きくなったら必ず商売をやろうと誓うのでした。

19歳の時に父を、20歳の時に母を亡くした堀之内青年は、父親の事業を引き継ぐのですが、父親の血を引いているのか、父親と同じように儲かっているのにお金をそれ以上使ってしまうので、当然に倒産に追い込まれてしまいます。

そして仕方なく電器店、訪問販売員、中古車修理業・・・などの職を転々とするのでした。

そして気がついたら既に39歳になっていました。
もはや人に使われるような年齢ではありません。
そこで堀之内さんは浜松に行き、ホームレスになる道を選ぶのでした。

しかしそこで同僚(?)のホームレスから衝撃の一言を受け取るのです。

堀之内さんはホームレスになってからも、明けても暮れても「お金儲け」のことばかり考えていました。

だってそれが小学生の時からの夢だったのですから。
そして再起を帰すためにホームレスへの道をあえて選んだのですから。

しかし

『あぁ、オレってホームレスにまで成り下がって、どん底だな』
って軽い気持だったらしく「反省」は全くなかったようです。

そして

『今はこんな状態だけど、またすぐに戻れるって思ってましたから』

そんな堀之内さんは、同僚(?)のホームレスから屈辱的な言葉を受けます。

堀之内、オマエが金持ちになることは絶対に無いよ!
心配しなくても (^_^)v

堀之内さんはムカッとします。



何でこんなホームレスに俺はこんなことを言われなきゃいけないんだ?
何でこんな奴と同列に俺がいなきゃいけないんだ?

あっ!
いやいや・・・・・・

そうだ、俺もホームレスだったんだ・・・・・・(-_-;)

たちまち堀之内さんは強い自己嫌悪に襲われます。

ひょっとして俺はこのままホームレスで終わるのではないだろうか?
現実を見れば、先行き明るいものは何もないのだから。
そして過去を見ても失敗だらけ。

現状はホームレス以下じゃないかと・・・・・・

気を取り直した堀之内さんは、その同僚(?)のホームレスに聞き返します。



どうして、そんなことを思うんだ!?

ハッハッハッ  それは当然だよ。  俺だって昔は商売をやってたんだ。
金、金、金なんていう奴が成功した試しなんてありゃあせんヨ。

堀之内さんは冷静に思います。   『この男の全く言う通りだ。』

その同僚(?)のホームレスは言葉を続けます。

金を追うんじゃないよ。楽しいことをやるんだよ。
それだったら絶対に途中で諦めることないでしょ。
だってやってて楽しいのだから。
続けてさえいれば、いつかは成功するよ。

堀之内さんはハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けます。

そしてとうとう堀之内さんの座右の銘である『人生は浮き輪』論がこの瞬間に生まれたのです。

人生の浮き輪。



人生の浮き輪は誰でも持っているんだと堀之内さんは言います。

しかしその浮き輪はすぐに放せるものなんです。
だからすぐに放しちゃう。

「そんなこと絶対に無理だよ。」
「そんなことできるわけないでしょ!」

こんなことを言われたら大抵の人は、その大事な浮き輪を放してしまうんだ。
大体他人というものは相談すれば、必ず一度は否定するものだ。
「やってみろよ」なんて言って、失敗すれば責任問題になってくるからだ。
そして大抵の人は、その瞬間にこの人生の浮き輪を手放してしまう。

そのまま持っていたら成功するのに。

この時から堀之内さんは人が変わったように働き続けました。
その時の仕事だったゴミ拾いを。

実は堀之内さんは、このゴミ拾いが非常に性に合っていました。
だって昨日は100円だったものが今日は50円。
需要と供給だけで動く過酷な世界。

夕立が降れば傘は高値で売れるが、晴れの日にはタダでもいらないという世界。

まるで俺の人生と同じだ。
だから好きだったのです。このゴミ拾いという仕事が。

そしてようやく大金の18万円を貯めて店舗を借りに行ったのです。

でも18万円では誰も店舗など貸してくれません。
しかもホームレスの保証人になってくれる人などいるはずもありません。

しかし断られても断られても堀之内さんは通い続けます。
そして3ヵ月後とうとう堀之内さんの熱意に根負けしたのです。

“人生の浮き輪”を絶対に放さなかった最初の出来事でした。

店舗を構えた堀之内さんは1年間、どんなことがあってもその“人生の浮き輪”を決して放しはしませんでした。

2年後には堀之内さんの生活創庫は年商1億円になっていました。

堀之内さんが最初に生活創庫をオープンさせた時の月の売り上げは20万円でした。そして次の月は40万円。そして80万円とほぼ倍々ゲーム。



当然次々とゴミを拾って(仕入れ)いかねばなりません。
営業時間外以外は、ほとんど寝ないでゴ拾いをしていたと言います。

決して『人生の浮き輪』を放すことなく。

このメルマガは2005年5月11日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 21:06 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

堀之内九一郎(前編)

何度も何度もこのメルマガで述べてきたことですが苦しいことがあるから辛いんじゃあないんだ。夢が無いから辛いんだ。



そして

諦めちゃいけない!
絶対に諦めちゃあいけない!
だって四方八方がふさがって、
「絶対にダメだっ」て 思った時なんだから。
まさに事態が好転してくるのは。
そこからが本当のスタートなんだから。

そしてそして あの経営の神様である松下幸之助氏の有名な言葉

この世の中に、絶対に成功する方法がたった一つだけある。
それは、成功するまでやり続けることである。

本日はこのことをまさに地でいったような人の物語です。

リサイクルショップ生活創庫を経営している堀之内九一郎さんと言えば、『マネーの虎』で有名です。そしてホームレスを経験した経営者としても有名な方です。



堀之内さんは鹿児島で生まれました。

九一郎という名前の由来は、九人兄弟のなかで、たった一人の男性だったからで、小さい頃からかなり大事にされて育てられたようです。

実家は製油業を営んでおりました。

当時の日本は物資がものすごく不足していた時代だったので、この製油業というのはかなり儲かっていたようです。

しかし堀之内少年が小学校一年生の時に一家は、夜逃げをすることになります。
倒産です。

儲かっているのに、なんで倒産するの?  と思われるかもしれません。

しかし父親は儲かっている以上にお金を遊びに使ったから、倒産しても仕方がなかったのです。

そしてこれまでの大きい屋敷から、途端にトタン小屋(下手なシャレ)に引っ越しとなってしまったのです。

しかしここまでならよくある話です。

堀之内少年がビックリするのは実はここからなのです。



父親はもう一度、製油業を全くの0から始めるのですが、数年後には住んでいたトタン小屋の家が、なんと立派な瓦葺の家になっていたのです。

堀之内少年は思います。

「商売ってすごいんだな。オレも大きくなったら絶対に商売をやろう」と固い決意を誓ったのでした。

そして堀之内さんが19歳の時に父親が突然に他界するのです。
その一年後には母も後を追うように他界するのです。

兄弟の中でたった一人の男性だった堀之内さんは当然に家業を継ぐことになるのでした。

そして小さい頃からの夢だった社長の地位にとうとうつくのでした。

しかし苦労なんて知らない堀之内さんはたちまち家業を倒産させるのです。

しかも父親と違って、製油業についてのノウハウなどありませんから、父親のように再起できるはずもありませんでした。

しかし堀之内さんにしてみれば、商売がしたくてしたくて仕方がありません。いつか必ず絶対に立派な商売人になってやるゾとの意気込みだけは一流なのですが、いかんせん内容が伴っていません。



仕方なく色々な仕事を転々とします。

電器店、訪問販売員、中古車修理業・・・・・・・・・・・・・

そして起業しては倒産の繰り返しが続きます。

結婚、そして離婚も経験します。
時間だけが無常にも過ぎ去り、ただ年齢だけが積み重なります。
そしてとうとう39歳になっていたのです。

もはや人に使われるような年齢ではありません。

堀之内さんは決死の覚悟でのぞみます。
しかしお金などは全然ありません。

そこで何もかも捨ててホームレスの道を選ぶのです。

だってサラリーマンになって自由を失うくらいだったら、全く自由なホームレスの方がいいと考えたからです。

そして堀之内さんは同僚(?)のホームレスから衝撃の一言を受け取るのです。

しかしその一言のおかげで堀之内さんは、堀之内さんが起業した生活創庫を、年商102億円まで急成長させる原動力となったのです。

しかもその一言は今でも堀之内さんの座右の銘の一つにもなっているのです。

(つづく)

藤原紀香さんが出演しているレオパレス21のコマーシャルが最近リニューアルしたようですね。



Start! 本当にすごくいい言葉だと思います。前にも書きましたが。

そしてこのCMに流れている音楽もいいですしネ。
♪夢中?でがんばる君へエールを?


「それぞれの夢」  Yoshimasa Inoue  というのだそうです。

さあ元気にStart!しましょう。一刻も早く。
夢に日付を打って。

このメルマガは2005年5月4日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 20:58 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

フルキャスト平野岳史さんの戦術(後編)

神様って本当にいるのかな? な~んて思うときがたまにある。いうのも私には最近、大変大変大変、嬉しいことが。



嬉しいことがあったりすると「これはひょっとして、神様から普段から懸命にやっているお礼なのかな?」なんて自分勝手に思ってしまう。仮にそうでなくとも。

実は最近私は、あのボニーエムのCDをゲットしたのだ。
これがどんなに探してもなかなかないもの商品だから喜びもひとしおだ。

正直なところ、私はかなりオークションなどでも探しまくった。
本当に真剣に探し続けた。

でもなかった。

いや正確に言うと、たまには出るが、これがなかなか高い。
だから二の足を踏んでしまうと、もう二度とゲットできないシロモノなのです。

ボニーエムというのは幻のディスコ・グループと呼ばれ、代表曲は

「Daddy Cool(ダディ・クール)」
「Ma Baker(マ・ベーカー)」
「Sunny(サニー)」
「Rivers Of Babylon(バビロンの河)」
「怪僧ラスプーチン」

などがある。

皆さんの中にも知っておられる方が必ずおられるはず。

今からもう20年以上前に解散しているグループ。
まだレコード盤が全盛の頃の話である。
だからもしオークションなどでこのCDが出品されれば、5万円くらいまでなら今度は、出しても仕方がないと私は真剣に思っていた矢先のことだった。

そのCDをたったの1690円というタダ同然の価格で提供してくださったのが『あめりかん☆ぱい』さんです。

ここのオーナーはあのFMファンでも有名な人だ。
また95年までは外資系証券で日本株を売りまくっていた人だ。
しかも私と同い年というのもかなりポイントが高かったりする。(・o・)

だから“需要と供給の法則”というものが良くわかっておられる。
探し物があれば1枚からでも探してくるというユニークなお店だ。
なにしろ『音楽は人の心を豊かにする』というのがスローガンなのだから。
(もちろん見つかる保証はないのですが、その姿勢がいい!)

これからそのあめりかん☆ぱいさんの紹介をさせて頂きますが、転売などをしての儲けはほどほどにしといてくださいネ。私の顔をたててネ (^^♪

一生懸命になってやってくださっているお店だからです。

そして本日お話する予定の平野さんもまた、かつて神様が実は頭の中をよぎったことがあったのでした。

前号までのあらすじ



フルキャストを起業した平野さんは、最初家庭教師の派遣業を営んでいましたが、ある日知り合いの引越屋さんの社長から、面白いことを聞きました。

この業界というのは、
5人来てくれと言っても、実際に集まるのは3人。
9時に集まれと言っても、実際に集合するのは10時。
所詮がそんな世界なんだよ、と。

だったら
1 時間と人数をキチンと守る
2 料金体系を明瞭化する
3 従業員のマナーを徹底的に教育する
4 前日オーダーなどにも対応できるようにする
を忠実に実行する人材派遣業をすれば、大成功間違いなしっ!
じゃないかっ!、と。

平野さんが雄叫びをあげたかどうかは知りませんが (^^ゞ

しかしそう簡単にはイカの塩辛なんですネ。(・o・)
この世の中というやつは。

やる気に満々の平野さんの前に訪れた現実は、車上荒らしで通帳と印鑑を盗まれ、な、な、なんと200万円もの大金を引き出されてしまったのです。

その当時の平野さんにとって200万円という額は、正直なところ気の遠くなるような額でした。



当時の平野さんは、長男が生まれたばかりで、ホントにホントに大変な時でした。
だから奥さんにもそんなことは絶対に言えないわけです。

一人で悶々とそしてウジウジと悩んでいました。
そ、そ、そんな時なのです。
神様が平野さんの頭の中をスッとよぎったのは。

ひょっとしたら「この事業は絶対にやめろ」と神様が私に遠まわしにして言ってくれているのかもしれない・・・・。

そうだ、絶対にそうだ。
そうに違いない!。

よしっ、思い切って家内に相談してみよう!
家内だって間違いなく「やめろ」と言ってくれるはずだ。
だったら私自身も踏ん切りがつく。

つまり平野さんは奥さんから事業へのストップをかけてもらうために、奥さんに相談をしたのです。

しかし奥さんは、言いました。



だったら、もう一度0からやり直せばいいジャン! (^_^)v

えっ!?

平野さんは虚をつかれたような思いでした。

てっきり大反対されると思っていたので、少し複雑な思いはありましたが、肩の荷は大分軽くなったのを感じていました。

だからゆっくりとではあるが事業を始動し始めたのでした。

だってここまで来れば 「やるっきゃない」 のですから。
考える必要など何もないのです。
やるしかないのです。

閑話休題。



私もカキコしている“楽天日記”に主婦のFさんという方がおられます。
そのFさんも、この平野さんと同じような体験をされたようです。

Fさんは昨年から
「メルマガを必ず出す。絶対に出す。」
と言い続けておられました。

そして99%メルマガを発行する気持ちはあったのですが、なかなか踏ん切りがつかなかったようでした。

しかしとうとう先日、その気持ちが100%になったそうです。

理由は?
簡単なことです。

「ゴチャゴチャ考えることをやめる事にした」  からです。

「失敗したらどうしよう?」
「人数が集まらなかったら、どうしよう?」
「どのスタンドから発行したらいいんだろう?」

考え出せばキリがありません。
とめどもなく色々なことが頭の中を横切ります。
ストップするための理由なんて星の数ほどあるのです。

まず行動をおこすことが、やはり一番大切なことなのかもしれません。
平野さんの心境も全くこれと同じものなのでした。

平野さんは早速、走り出します。営業に駆けずり回ります。



しかし、何度も言うようですが、努力したからといって成功物語を書けるようになるほど世の中は甘いものではありません。

しかし平野さんには、もはや失うものなど何もありません。
文字通り「やるっきゃない」のです。

チラシを撒いても全然反響がない!
「どうすれば、いいんだろう?」なんて考えている余裕などないのです。

そしてついに飛び出してきた捨て身の一発逆転のアイデアとは・・・・

チラシをセロテープでペタペタと郵便ポストに貼ってゆくのです。
当然相手先からクレームの電話が嵐のようにかかってきます。

「ごらあ~っ! 勝手に人のポストにチラシなんか貼り付けるなっ!」
「ふざけんなっ! 責任者出て来いっ!」

平野さんは言います。

「本当にスイマセ~ン。アルバイトが勝手にやったんだと思います。本当にスイマセ~ン。これからお詫びにお伺いさせていたいでもよろしいでしょうか?」

本当は自分でやったのに ・・・・・ (^_^;)
そして一通り謝罪したあと、実は私どもフルキャストという会社では・・・

と営業が始まってしまうのでした。
まさに平野さんにとっては完全アポイントがとれた瞬間だったのです。

現在フルキャストは東証一部銘柄指定。
年商は約500億円。
フルキャスト宮城の命名権を買い取る。
そして西武球団の買収を交渉中。

さて今週末からいよいよゴールデンウィークが始まります。



田舎に帰省される方、旅行に行かれる方など色々だと思いますが、事故などにはくれぐれもお気をつけてください。

そしてゆっくりと休んでふだんの疲れを癒してしまってください。

このメルマガにはゴールデンウィークなんてありません。
ではまた来週、お楽しみに。

このメルマガは2005年4月27日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 17:53 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

フルキャスト平野岳史さんの戦術(中編)

急転直下フジテレビとライブドアが和解しました。良かったのか?悪かったのか?の判断は今の時点では難しそうです。



しかしあの村上ファンドの村上氏は不快感をあらわにしました。
確かに村上氏が言っていることには筋が通っています。

でもニッポン放送の6月の株主総会は面白くなるだろうなということで、株式ブログを展開している私としては、総会の様子をネット上で私個人の目から配信しようと思い、総会への入場券がわりにとしてわざわざニッポン放送の1株株主になった私の努力は結局ムダ骨に終わったのかもしれませんね。

(笑)・・・・・・・・・・・・(-_-;)

前号までのあらすじ


人材派遣業フルキャストの創業者である平野さんの最初のスタートは、神奈川進学研究会という家庭教師の派遣業を立ち上げたことから始まりました。

しかし「もっと儲かる仕事はないものか?」と常々探していた平野さんは、ある日、引越屋の社長から

平野君とこには学生が一杯いるんだろう?
明日の朝8時までに5人ほど用意してくれないだろうか?
引越しのアルバイトがなかなか集まらなくってネ。

という提案を受けたのです。

キチンと翌日の朝8時までに人員を用意した平野さんは社長から言われます。

えっ?5人も来たの? そんなにいらないのに・・・!?
それに8時になんて来なくていいんだよ。9時でいいんだヨ!

はあっ!?

平野さんは、引越屋の社長に文句を言います。



だって社長が“翌日の朝8時までに5人ほどの学生を用意してくれ”
って言われたんじゃあないですか?。

すると引越屋の社長は、ニコニコと笑いながらこう答えたのです。

ゴメン、ゴメン。
そうだったよナ。

でもな、この業界というのは、

5人来てくれと言っても、実際に集まるのは3人。
9時に集まれと言っても、実際に集合するのは10時。

そんな世界なんだよ。
悪かった、悪かった。

だから私も、ついつい厳し目の条件を出しておいたんだ。
悪く思わないでくれよ。
まさか約束通りにキチンと条件をクリアしてくれるとは思ってなかったから。

どうやらこの業界の慣行・常識のようなもののようです。



ふ~ん。

私だったら、たぶんそれで終わりでしょうね。
たぶん。

しかし平野さんは違いました。
すぐにこの人材派遣業に関して、リサーチを開始したのです。

そして実際にこの業界は、引越屋の社長が言われるように、すごくズサンで、すごくテキトーな業界であることを知るのです。

たとえば、人手が慢性的に足らなくなる時期には相手の足元を見て料金を高く取る一方で、人手が余る時期には平気で料金をダンピングする。

当然にダンピングのしわ寄せは、派遣される人員の給料に影響を及ぼす。
場合によっては、テキトーな理由を付けて派遣社員なんかには最終的には給料などを払わなければよいという考え方が支配的な業界。

オマエたちの働きが悪いから、なかなか相手先が報酬を払ってくれないとか。

そして派遣される人材も、この業界のことをよくわかっているので、あくまでもアルバイト感覚としてしか仕事をしないため派遣先企業から良く思われないので派遣先企業からのリピートがあまりない。

そして人材派遣業を営んでる会社は、相手先企業から派遣要請があってから人員の募集をするために、派遣するまでのタイムラグが出来てしまい、かなり早めに予約を入れておかなければなかなか派遣要請を受けてくれない。

などなど。

まさにテキトー・無茶苦茶としか言いようのない業界だったのです。



だから平野さんは考えます。

もし

1 時間と人数をキチンと守る
2 料金体系を明瞭化する
3 従業員のマナーを徹底的に教育する
4 前日オーダーなどにも対応できるようにする

これが出来れば、成長できる産業じゃあないかっ!
平野さんは、そのように結論付けたのです。

おいおい、ハルマッキーよ!
これが先週号で言っていた

『フルキャストをひたひたと東証一部上場まで突っ走る原動力となっていく』
という戦略かい?

いえいえ、違います。
こんなことなら、そのあたりの本にも書かれていることですから。
残念!!  (笑)

平野さんは、早速フルキャストを立ち上げ、新規人材派遣業に進出するのでした。



しかし当たり前の話ですが、簡単に契約してくれるお客様などいません。
どうすれば1?4までを顧客にキチンと伝えることができるのか?

フレッシュに燃え上がる平野さんは、燃えに燃えます。
でも1?4までを伝えるどころか、アポイントさえもなかなかとれません。
これでは何の意味もありません。

クライアントも“人材派遣業”が、危険な業種であることを十分に知っているからです。
そして、そんな矢先でした。

平野さんが車上荒らしをされ、会社の通帳と印鑑を盗まれてしまったのです。
そして引き出された額は、200万円。
もう残高はほとんどありません。

当時の平野さんには生死を分けるような金額です。
ピ、ピ、ピ?ンチっ!

しかし平野さん奥様の放った一言がまさにこの大ピンチを救うのでした。

そしてその一言が平野さんの活路を開き、東証一部にまでひたひたと上り続けるためにとった平野さんのその恐ろしい営業戦略とは?

(つづく)

このメルマガは2005年4月20日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 16:26 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

フルキャスト平野岳史さんの戦術(前編)

やっぱり野球評論家の予想通りというか、楽天は現在のところ最下位ですね。次は本当に100敗するかどうかが注目?かも。(^^ゞ本日は今のところ勝っておりますが (^_^)v



まあでも楽天は本業の方は、好調らしいから「別にいいんじゃあないの?」と私には所詮が全くの他人事かも。

本日から、新聞でも話題になった 本宮ひろしさんの書き下ろし漫画が楽天で『無料で』ダウンロードできます。私もさきほどやってみましたが、なかなか面白かったですヨ。

新しい試みかもしれませんネ。

漫画なんだけど擬音や音楽なんかが入ってて、なかなかグーッ!でした。
さて、楽天の本拠地と言えば、ご存知フルキャストスタジアム宮城です。

しかしこのフルキャストって何?なんて思った人もいるかもしれませんネ。

フルキャストはれっきとした東証一部上場の企業です。
年商496億円もあるのですが、いかんせん知名度が・・・・・

だから今水面下では西武ライオンズの買収に向けて動いているそうですが。
はたしてどうなるのか?

本日は、そんなフルキャストグループを創業・成長させてきた平野岳史さんのお話です。

フルキャストとは人材派遣業を営む会社です。

なにゆえに人材派遣業を営むフルキャストがこんな短期間に東証一部上場するまでに急成長を遂げたのか、それには意外にも知られていない事実がそこにはあったのです。

フルキャストの平野さんは、大学を卒業後3年間だけ商品取引などを扱う相場の世界にいました。しかし大学在学中から何か起業をしてみたいと考えていた平野さんは、3年でその会社を去ってしまいます。



しかし何をすればよいのかさえもまだ決まってしません。
えっ、決まってないのに会社を辞めたの?
ハイ、そうです。

だからとりあえずは生活のために4つのアルバイトを掛け持ちしてました。

朝はゴルフ練習場で玉拾い。
そしてそれが終わるとチラシ配り。
それが終わると、今度は住宅リフォームの飛び込み営業。
そして夜は、家庭教師派遣センターでの営業。

しかし何の起業をするべきかは、まだまだ決まりません。
いたずらに時間だけが過ぎ去っていきました。

これじゃあダメだ!    平野さんは思います。
何でもいいから、とりあえず前へ一歩踏み出さねばと強く思います。

しかし一体何をすればよいのか?

やっぱりどうしてもスタート地点に戻ってしまいます。
悩んでいても仕方がないのだけど・・・・
しかし失敗したくはないし・・・・・・・

そこで平野さんはショック療法に出ます。とりあえず今の僕にできることといったら、夜のアルバイトをしている家庭教師の派遣センターの仕事だったら、とりあえずはこんな自分でも立ち上げられそうだと考えたのです。



下手な考え休むに似たり。
もう思い立ったが吉日です。

早速次の日に 『神奈川進学研究会』 という組織を発足させます。

朝も晩も一日中営業に回ります。
何とか顧客と家庭教師をする学生たちをかき集めてきます。

そしてこれが平野さんの起業の第一歩でした。

さすが最初に「家庭教師派遣の仕事だったら」と自信があっただけに、仕事の方はすごく順調にトントン拍子に進んでいきました。

しかし平野さんにとってみたら、この家庭教師派遣業というのは、あくまでも腰掛けの一時的な仕事にすぎません。

一体次は何をすればよいのだろう?

そんなことばかり考えていた時期でもありました。
しかし相変わらず良いアイデアは一向に浮かんではきませんでした。

だから平野さんは、家庭教師の学生たちを相手に、ツアーを企画販売したり、流行のファッションアイテムなどを売りつけて儲けようと考えます。



しかし誰一人として買ってなんかくれません。
どうして買ってくれないの?
学生の一人が答えてくれました。

いやあ社長、僕たちは学生ですよ! お金なんて全然ないですもん(^o^)丿。
そんなことより社長!もっといいバイトを紹介してくださいよ!(^_^)v

と逆に言われてしまう始末。
ホントにどうしようもない奴ばかり  (-_-;)

いや、しかしチョッと待てよ!
学生相手に仕事を紹介すれば、金になるかもしれない。
だって学生たちはちょっとでも金になる仕事を必死で探しているんだもん。

間違いないっ!  そう思いました。
でも、どういう風に事業を構築していけばよいのか? それがわからない。

平野さんは真剣に悩みます。
そんな折りでした。
知り合いの引越し屋の社長から面白いことを言われます。

平野君とこには学生が一杯いるんだろう?明日の朝8時までに5人ほど用意してくれないだろうか?引越しのアルバイトがなかなか集まらなくってネ。



平野さんはチャンスだっ! とうとうチャンスが巡ってきた! と思います。

だから必死になって翌日までに学生たちを5人ほどかき集めて朝の8時にキッチリと引越し屋さんの会社の前にキチンと集合させていました。

すると社長は、えっ?5人も来たの? そんなにいらないのに・・・!?
それに8時になんて来なくていいんだよ。9時でいいんだヨ!

はあっ? 平野さんはキツネにでもつままれたような気がしてきました。

ンな、アホな・・・・・
アンタが言ったのでしょう!?

しかしこの事件が後にフルキャストをひたひたと東証一部上場まで突っ走る原動力となっていくことになろうとは、その時の平野さん自身もまだわかってはいなかったのでした。
(つづく)

このメルマガは2005年4月13日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 15:19 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

豆腐屋の挑戦(後編)

さあ4月です。ということは、もう既に第一四半期は、過ぎ去ったということです。



今年初めから私はこのメルマガで3話にわたって『夢に日付を』という内容のとを書きましたが、皆さんはキチンと実行されていますでしょうか?

ここで今一度手帳から微修正を行なって再スタート開始しましょう。

あっ!忘れてたっ・・・という方は、今すぐに『夢に日付を』打って、すぐに行動を開始しましょう。

えっ、何で、そんなことしなければならないの?
と思われた方もおられるかもしれません。
それはつまり簡単に言うと、こういうことなのです。

皆さんは次のようなことを体験したことはありませんか?。

駅の雑踏の中で愛する人とデートの待ち合わせ。
しかしすぐに相手は見つかった。

子供の運動会に出かけたが、子供がどこにいるのかわからない。
しかしすぐに子供のいる場所が見つかった。

こんな体験をされた方は多いと思います。
しかしなぜこのようなことは起こるのでしょうか?

それは“五感をフルに活用して”その相手を見つけるという行為だけに神経を集中しているからにほかなりません。

つまり“相手をすぐに見つける”というシッカリとした目標が定まっていたたために、無意識のうちに段取りが頭の中でスピーディーに整理されて、それに従ったためにすぐに見つけることができたのです。

つまり『夢に日付を』というのは、シッカリとした目標を見据えたうえで、逆算して、一体「今日は何をするべきなのか?」という行動規範をつくりあげてしまうシステムそのものなのです。

過ぎ去った日々に愚痴をこぼすのはやめましょう。
還らぬ月日を呪うのはやめましょう。

まずは今日からスタートです。
今日スタートすれば、明日は“明るい日”で過ごせるはずです。
だって目標が明確になったのだから、充実した1日が送れるからです。

前号までのあらすじ



篠崎屋を東証マザーズに上場させた樽見茂さんも家業を継いだ時は相当苦労しました。売り上げのほとんどはスーパーに頼っていたわけですが、スーパーの自分のブースで商品を整理していると、20歳そこそこの店員に

「おいっ、豆腐屋! どけぇっ!! コノヤロー」 と言われる始末。

それから次々とイジメにも似たような仕打ちにあいますが、樽見さんは生来のガッツで見事に乗り越えていきます。

“天然にがり入りの絹こし豆腐”をとうとう完成させた樽見さんの店は、美味しいという評判から売り上げを倍々ゲームで伸ばしてゆきます。

そしてスーパーから言われるのです。
「作業場を広げてみたら?」

早速樽見さんは借金をして土地を購入して工場をこしらえます。
しかしスーパーから言われてしまいます。

誰が工場を建築しろなんて言った?
俺は作業場を広げろと言っただけだあ!

豆腐屋のくせに工場を持つなんて生意気だっ!
オマエとの取引は、今月限りだ。

しかし今月限りとは言っても、今月はあと3日しかありません。
そんなアホな・・・・・・  (・o・)

さて、樽見さんは一体ここからどのようにしてピンチを乗り切っていったのでしょうか?アナタならどうしますか?



売り上げのほとんどを占めるスーパーから3日後の取引中止告知を受けたら?

うろたえます?  それとも 
スーパーに土下座でもして、取引を再開してもらいます?

しかし樽見さんは、決して動じることはありませんでした。

だって今、流行っている言葉で言うならば、樽見さんにとってはすべてが既に

『 想 定 内 』    だったからです。 

もう一度「前号までのあらすじ」を読み返してみて下さい。



スーパーの人が言った言葉です。

>誰が工場を建築しろなんて言った?
>俺は作業場を広げろと言っただけだあ!

おやっ?とは思いませんでした?。
スーパーの人が言った通りなのです。
誰も借金をしてまで生産を増やせなどとは一言も言っていないのです。

樽見さんが借金をしてまで、工場を建築したのにはちゃんとした理由があったのです。勝ち残るためにだけこだわった恐ろしい戦略が。

樽見さんは、いつかこの日が来ることを予見していたからに他なりません。

スーパーからいじめられる日々。
浴びせられる罵詈雑言。

「いつか、俺にはスーパーから退場を命じられる日が必ず来る」
そんなことを敏感に感じ取っていた樽見さんは、既に裏では着々と手を打って
いたのです。

樽見さんは、“天然にがり入りの絹こし豆腐”を開発できた段階で、外資に増資をお願いしていたのです。そして増資が実行された段階で、満を持して工場建設に踏み切ったのでした。



しかしスーパーからの提言で他の業者にも既に作り方を教えていました。
だけども樽見さんには『勝算あり』でした。

スーパーに40円でおろして、中間マージンをたっぷりと吸い上げられる位なら、自分でこの美味しい“天然にがり入りの絹こし豆腐”を100円で売ったら飛ぶように売れるはずです。

もし70円で売ったら、もっともっと売れるはずです。
だって本当に美味しいのですから!!

そしてこの篠崎屋さんが飛躍した理由だと言われる“爺ィ婆ァストア”がここで篠崎屋の前線部隊として炸裂するのです。

これは篠崎屋さんがフランチャイズ展開で、豆腐を売っていただこうとする戦略なのですが、これが実にユニークな方式だったわけです。

なにしろフランチャイズに参加できる条件が

・ 50歳以上であること
・ 持ち家であること
・ 自宅で開業できること

なのでした。

つまり50歳以上であれば、生活にも多少ゆとりがあるし、むしろ暇つぶし的な発想で“豆腐屋開業”に取り組んでもらえる。

そして“持ち家”の条件・自宅での開業の条件をつけたことで、家賃支払いは発生しないわけですから、あくまでも「もしこの豆腐が売れなかったとしても篠崎屋には責任はありませんし、美味しいのだから売れて当然ですよ」ということを暗に語っていたのです。

つまり(家賃のかからない)自宅に看板だけ掲げてもらって、ウチの美味しい豆腐を売ってくれれば良い。暇つぶしには最適でしょう? 

これが大ヒット!
大ヒット!
とうとう東証マザーズに上場する位にまでの大ヒットを飛ばしたのでした。

東証マザーズと言えば、あのライブドアが上場している市場です。



一番手っ取り早く上場できる部門と言われています。

しかし結局は、“一番手っ取り早く上場できる部門”だということを知って、
いち早くそれを実行した人たちが成功者なのかもしれませんね。

このメルマガは2005年4月6日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 07:53 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

豆腐屋の挑戦(前編)

昨年のことです。公正取引委員会がディスカウントストア大手のドン・キホーテに立入検査を実施。そしてドン・キホーテは3月9日の日に公正取引委員会から排除勧告を受けることになります。



しかしドン・キホーテ側は、公正取引委員会の排除勧告を拒否。
理由は、「納入業者が自主的にやっているから」だそうです。

しかし皆さんは、もうお分かりですよね。
納入業者が自主的にボランティアなんかをするわけがありませんよね。

う~ん、これが下請け・納入業者の悲しいところなのかもしれませんネ。
どの業態でも、こういったことは半ば公然化しているのがジョーシキです。

もしもアナタが仮に豆腐屋さんだったとします。
スーパーに豆腐を卸しているとします。

そしてスーパー内の自分のブースで商品を並べている時に、20歳の店員に「おいっ、豆腐屋! どけぇっ!! コノヤロー」
と言われたら、どうします?

<`?´> という感じになってしまいますよね。

本日は、そんな屈辱的な挫折の数々の連続を味わいながら、豆腐屋では日本で初の上場をついに成功させるまでに至った、篠崎屋の樽見茂さんのお話です。

ちなみに樽見さんは、20歳の店員に言われたこの一言がよっぽど悔しかったのでしょうね。とうとうそれを題名にまでして本にして出版されています。

スーパーマーケット時代の苦しさを樽見さんは、今だからこそ笑って答えることができるんだと微笑みながら言います。



しかしあの時は本当に辛かった・・・・・・

だって納入単価は、どんどんと下げられていく。
最初は75円で卸していたのに、今ではそれがとうとう40円。

「そんな値段では、ウチではとても無理です。」
な?んてことをもし言おうものなら、
「あっそう。豆腐屋なんて一杯いるんだから、他に頼むよ。ゴクロウサン!」

いきなり明日からたちまち失業状態となってしまう。(-_-;)

値段だけだったら、まだ企業努力で何とかしようと思えばできる。
自分自身の生活レベルは、かなり落さなければならないかもしれないが。

しかし一番キツかったのは、季節商品の押し付けだ。

クリスマースケーキ    50個
おせち料理        5万円
かずのこ         3キロ

そして社員のゴルフの送迎までも駆り出されてしまう。

これらの要求も拒否してしまえば、明日からは出入り禁止になってしまう。
つまり“生かさず殺さず”でスーパーに利用されているだけの話なのである。

しかし樽見さんにはグチなどを言っている暇などない。



次の手を打たなければダメだと樽見社長は考えます。

その日から睡眠時間は1時間から1時間半にけずりまくり、余った時間を利用して新しい豆腐の開発に取り組むのです。

そしてとうとう“天然にがり入りの絹こし豆腐”を完成させたのです。
早速、樽見サンはスーパーの売り場に立って対面販売を始めます。

そう、手で豆腐をすくってパック詰めにしてお客様に渡すという昔ながらの販売形式です。
しかも味は美味しい。
これが口コミで主婦の間に広がった。

売り上げは、毎月毎月ごとに、まさに倍々ゲームの勢い。

そしたらスーパーの人は言います。
誉めてくれたと思います?
いえいえ・・・・・・・・・

豆腐屋のくせに生意気だ。
しかしもっともっと売り上げを上げろ!いいな!

樽見さんは、ムッとします。

しかし所詮スーパーなんてそんなものか、樽見さんはただただ大きくため息をつくしかありませんでした。

樽見さんはスーパーの人に言います。



売り上げをあげろと言われても、これ以上は、正直なところウチの作業場では生産するのは不可能です。

するとスーパーの人は

だったら作業場を広げたらいいじゃあないか。
そして他の業者にも丁寧に作り方の製法を教えてやればいいじゃないか。
そしてオマエが親分になってその業者たちに豆腐を作らせるのサ。
いいアイデアだろう!?

そこで樽見さんは、バカ正直に早速他の業者たちにも製法をいとも簡単に教えてしまったのです。
苦労の末にやっとの思いで開発した商品の製法を。

そして樽見さんは銀行から借金をして土地と建物を購入し、そこに自社の豆腐工場を作ってしまったのです。

スーパーの人は言いました。

誰が工場まで作れと言った?
俺は作業場を広げろと言っただけだ!
豆腐屋のくせに工場を持つなんて生意気だ。

他の業者にはキチンと教えたのか?
そうか・・・・。
キチンと教えてくれたのなら、お前とは今月一杯で取引中止だ!。

ん?
俺はハメられていたんだ。
樽見さんは、ここでようやくスーパーの陰謀に気付くのでした。

しかししかし、今月一杯とは言っても、月末まではあと3日。
ピッ、ピッ、ピ?ンチ!

しかしこの大ピンチこそが、篠崎屋をのちに豆腐屋で初の上場をさせるまで
のエネルギーを爆発させることになるとは知らずに・・・・・・。

(つづく)


このメルマガは2005年3月30日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 05:45 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

マウスコンピューター(後編)

意味が、よくわかりません!



先週号の発刊のあと、わたしのもとに数名の方から寄せられたメールです。
意味がわからないと指摘された部分は、次の箇所でした。
そしてその販売拠点は、楽天にあったのです。内緒ですが・・・(^^ゞ

できたら、ヒミツですよ・・・・  (^^ゞ

チラッとだけ説明してみます。
チラッとだけにさせて下さいネ。 (-_-;)

ネット上にはスーパーアフィリエイターと称される人たちがおられます。
“あびる”さんは、その中でもカリスマ的存在です。

“あびる”さんは『アフィリエイトでめざせ!月収100万円』の本も出して
おられますし、名実共にスーパーアフィリエイターだと私も思います。

皆さんの中には、その名前くらいは聞いたことがある方も多いと思います。


そんな“あびる”さんが、実はご自身のホームページで
「売り上げが上がるマーチャントベスト15」というのを公開されています。
http://www.affiliateportal.net/archives/2005/03/_best15_200502.html
(これは2005年時点のものですので、現在は変更されています)

どうです?
「マウスコンピューター」が堂々の1位ですよネ。
どうしてこのメーカーが売れるのかは、今号のメルマガの内容そのものなので
それはあとでジックリと説明させていただくとして。

ただ“あびる”さんは、バリューコマース内での実績を書いておられるようですが、バリューコマースは知る人ぞ知る、審査が厳しいので有名です。

誰でもが審査にパスするというわけではありません。
いや、ほとんどの人が会員審査で落されてしまうというのが現実です。

そんな時に役立つのがズバリ“楽天”なのです。
楽天には、審査なんて実質的にはありません。
だから誰でもが参加できます。
メルアドさえ持っていれば。
いや持ってなくても、楽天の子会社(Infoseek)でタダで発行してくれます。

だからマウスコンピューター社の方でも、実は今では楽天に力を入れているというのが現実なのです。

こんなことを書くと
「楽天は、ポイント還元だろうが!」
と、おっしゃられる御仁もおられるかもしれませんね。

しかしそこは“蛇の道は蛇”で、色々と裏技があるようです。

「マウスコンピューター(MCJ社)こそが儲けさせてくれる会社である」
ということは、世間では、まだまだあまり知られてはいません。

だから、そんな今こそがチャンスなのかもしれませんネ。

前号までのあらすじ



昨年の6月に東証マザーズに上場したMCJ(マウスコンピューター)の社長である高島さんは、裕福な家庭に育ったために、何不自由することなく、生活をおくっておりました。

しかし19歳の時に転機が訪れます。
親の経営していた会社が倒産し、3000万円の負債を抱えてしまったのです。

そこで高島さんは、その借金を返すために、小学生の頃から慣れ親しんだパソコンを使って“パソコンの改造ビジネス”を始めたのです。
注文は順調にとれました。

しかし高島さんのもとには注文とは別のメールが届くようになりました。

「私もそのビジネスに参加させていただけませんか?」 というものでした。

高島さんは なんと二つ返事で「いいよ(^o^)丿」 と快諾してしまうのです。
それがのちのち、自分で自分の首をしめることになるとは知らずに。

工業大学の大学生。家に引きこもりながらパソコンに熱中している、そんな人たちが、高島さんのもとへ続々と押し寄せます。



人のいい高島さんは、メールを送信してくれた人たちすべてを採用します。
採用するというよりは、一緒に仕事をこなすといった方が正確ですが。

売り上げは、全員の頭割りで分けようという約束をしていたので、高島さんの時給は、何と128円になってしまっていたのです。

これではダメだ!

高島さんは思います。
何か売り上げをもう少し上げていく方法を考えなければ と。

しかし、一向にいいアイデアは浮かびません。



そんな時でした。
いつものように注文に応じて、パソコンの改造を行なっていた時のことでした。

どこからともなく声があがったのです。
最近のパソコンって本当に使い勝手が悪いものばかりだね。

それだ!
高島さんは思います。

我々が、パソコンメーカーになって、パソコンを生産すればいいんだ!
そうすれば、みんながキチンと食べていけるじゃないか!

思い立ったが吉日です。
早速高島さんは、パソコンメーカーになるための準備を始めたのです。

でも、よおく考えてみて下さい。



そんなに簡単にメーカーになれるものなの?
なっ、なっ、なれるわけないでしょう!?

明日からいきなり、富士通やNECやソニーなどと競争?
バカな冗談は、よせ!

通常なら、そう考えるのが普通です。

しかし小さい頃から何不自由することなく育ってきたお坊ちゃまの高島さんは、いい意味で“怖いもの知らず”だったのです。

早速、高島社長は台湾に飛びます。



えっ、何のために?

自分たちが作ったパソコンを売り込むためです。
さすがにお坊ちゃまの高島さんも、日本では名もないために売れないという
ことくらいはわかっていたようです。

つまり海外なら、製品の性能さえよければ必ず売れると確信していたのです。
で、中国語は喋れるの?

いえいえ喋れません。

そんなの身振り手振りで説明すればいいジャン!。
本当に、いい意味で“怖いもの知らず”です (>_<)
成功したからいいですけど。

しかしやってみなければわからないもの。
口で言うのは、簡単ですが。

身振り手振りの飛び込み営業なのですが、台湾で第一位と第三位のメーカーと
の契約をいきなり取り付けてきたのです。

そして次にはアメリカへ飛びます。
ここでも契約をとってきます。

そして遅ればせながら、ようやく日本での販売が始まるのです。
日本での人気の秘密は?

24時間×365日の電話サポート付きだからでしょう。たぶん。
こんなことやってるパソコンメーカーなんてありませんからね。

高島社長は言います。

サポートがあってもいつもいつも話し中では、サポートの意味がありませんから。
我々のような弱小企業は、つねにそんな危機感に襲われてなければダメなんです。

しかもその値段が破格なんですから、売れないほうが不思議かもしれません。

本日は私の住んでいるところでは雨が降っておりました。



でも雨でも花粉は飛んでいるの?

私はクシャミの連続です。
雨の中、花粉が飛ぶはずはないと私は思うのだけど。

でもクシャミが出るということは花粉が飛んでるってことだよネ。
だって私はハクション大魔王じゃないんだから。 (笑)

このメルマガは2005年3月23日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 03:38 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

マウスコンピューター(前編)

「ハルマッキーさんって、株式のホームページもやっているんですネ」



私のもとへ寄せられたメールのうち、昨年末くらいからこの手の感想文が非常に急増しています。

う?ん、私としては少しだけ、 ふ・く・ざ・つ  な気持ちです。

あくまでも、ここは、株式のホームページが先です。
私としては、少なくともそう信じていたい・・・(笑)

もともとこのメルマガは、
『株式投資で勝つためにはピンチをチャンスに!どんな手でも使って勝とう!』でなくてはなりませんヨ、というのが基本形で成り立っていたのですが、最近では、このメルマガの読者層もガラリと変わってしまったのかもしれません。

しかし私のホームページには日夜新規のお客様が多数押し寄せています。
昨今の“株式ブーム”のおかげなのかもしれません。

そして私のホームページアクセスに重要な役割を果たしているのが、私が“はてな”で展開しているブログなのかもしれません。

RSSを使って、私のブログにいち早くアクセスしていただいております。

昨年の6月に東証マザーズに上場したMCJという会社があります。マウスコンピューターの名称でパソコンの注文生産(BTO)を展開しているパソコンメーカーです



そしてそのMCJの社長をつとめる高島勇二さんは、実に19歳で起業したのです。そして現在30歳。その年商は約100億円です。

MCJは、富士通やNECやSONYなどと同列にあるパソコンメーカーです。
そしてこれらの企業が軒並み苦戦を強いられるなか、MCJだけは快進撃を続けています。

なぜでしょう?

皆さんの中には、MCJ? 聞いたことないなあ・・という方も多いのでは?
だからこそ逆に勝ち組なのかもしれません。

なぜならパソコンの注文生産(BTO)をメインにしているからです。
そしてその販売拠点は、楽天にあったのです。内緒ですが・・・(^^ゞ

欧米ではこの注文生産(BTO)方式は実に40?50%を占めていますが、日本ではわずかたったの7%に過ぎません。

だからこれからもしばらくは、拡大の一途をしばらくは辿ることになるのかもしれません。

しかし、しかし。

冒頭では“19歳で起業”とカッコよく書きましたが、実は高島さんにとっては、起業せざるを得なかったのが真実なのです。

高島勇二さんの実家はもともと自営業をしていたため、何不自由するというわけでもなく、どちらかいうと裕福でした。



しかし高島さんが19歳の時に転機が訪れるのです。

実家が倒産の危機に見舞われるのです。
3000万円の借金を親が背負ってしまうのです。

当然に高島さんは通学していた学校を退学せざるを得なくなるわけです。

今までの心地よい高島さんの生活が一変するのです。
親のために自分がその借金を返済しなければならないとの使命感に燃えるのです。

使命感に燃えるのは結構だが、一体どうするの?  という世界です。

高島さんはフト思います。



私はパソコンが得意だ。
小学生の頃からパソコンには慣れ親しんでいる。

これを何とか商売にはできないものだろうか?



ひらめきます。

そうだ!
パソコンの改造ビジネスを始めよう!

パソコンを音楽のために使っている人。
パソコンをメールのために使っている人。
パソコンをゲームのために使っている人。

それぞれ人によって、パソコンの用途は違うはずです。
その人にピッタリ合った用途に、そのパソコンをカスタマイズしようとするものです。

これが、大ヒット!

わずか2年で借金3000万円を見事に返済してしまうのです。
しかしホームページを持っている方は、誰でも経験することかもしれません。

注文とは別のメールが大量に寄せられることになるのです。
そのメールの中身とは?

私もパソコンに詳しいです。
私もそのパソコンの改造ビシネスに参加させていただけませんか?

高島さんは、なんと二つ返事で「いいよ(^o^)丿」と何も考えずに快諾してしまうのです。

そしてこれが思わぬ大ピンチを招くことになるとは知らずに。
自分で自分の首を締めることになるとは知らずに。

(つづく)

さすがに年度末を迎えてこの私もヘロヘロです。



ほんの数分前に、この原稿が完成したばかりです。(-_-;)

来週は一体どうなるの?

この私自身もわかってなかったりして ^_^;

いえいえキチンとそこまで考えてますから!
残念!  (笑)

このメルマガは2005年3月16日に発行されたものです。

[ 2009/12/31 02:25 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

小川善美の決断

インターネット上には俗に“ママさんアフィリエイター”と呼ばれる人たちがおられます。そして彼女たちは実際に相当なお金を稼いでおられるようです。



私はその中のお一人とおしゃべりをしたことがあります。
彼女は言っておりました。

私がこのアフィリエイトを始めたのは、ある意味では
「やらなければ仕方がなかった」  というのが本音かもしれません。って

だって育児しながら働くことなんてできないでしょう!?
インターネットだったら、育児しながらできるのだから。
やるしかなかったんですよ。

そんな彼女も今ではご主人様の収入をはるかにしのいでいるとカラカラと笑う。
その笑顔にはすがすがしいものさえ感じられます。

でもそんな彼女も初めの数ヶ月はものすごく苦しんだと言っておられました。
何度やめようと思ったことかと当時のことを述懐しておられました。
しかしやめることはしませんでした。
だって、やめたところで借金など背負うなどのリスクは全然ないからです。
だったらわき目も振らずにひたすら前に進むだけ。
ゴチャゴチャいらぬことを考えたりせずに。

まさにホリエモンと全く同じ考え方でした。

でも“苦しんだ期間が”たった数ヶ月でよかったよネ。
普通は数ヶ月くらいの苦しみでは、すまないはずですから。

東京の杉並区にキャロットタワーというのがあります。本日はその中に入っているインデックスという会社のお話です。



インデックスと聞いて、ピ~ンと来た人は「株式投資」をしている人か「携帯電話」に、ある意味ではどっぷりと浸っている人なのかもしれません。

私も昨年、この株式会社インデックス株でソコソコ儲けさせていただきました。

あまりにも株価が急騰につぐ急騰をするので、この会社に興味を持ったのがこの会社と私との最初の出会いだったのかもしれません。

しかし私が驚いたのは、インデックスの社長が小川善美さんという女性社長だったことなのかもしれません。

ネット業界には女社長というのは一見多いようですが、実際にはそんなにいないからなのです。どちらかというと珍しい存在だからです。

インデックスという会社は携帯電話向けのコンテンツを配信している会社です。最初に手がけたのが“恋愛の神様”というコンテンツ。



まあ単なる恋占いなのですが、これが世間で受けに受けた。

次にあのおもちゃのタカラと共同で開発したバウリンガルが大ヒット。
そう、皆さんもご存知のあの大ヒット商品ですネ。
犬の気持ちが瞬時にわかってしまうという優れものです。

日本だけではなく全世界的な大ヒット。

事業は次々と拡張に次ぐ拡張。
そりゃあ株価も騰がるわけだ。(^_^)

しかしそんな小川社長にも実はかつては挫折の連続だった時期があったのです。

大学を卒業して小川さんは商社へ入社した。当時流行っていた『総合職』で。この『総合職』というのは男女雇用機会均等法という法律ができたことで政府の肝入りでできた職種でキャリアウーマン的な部署なのです。



商社と言えば“営業”が花形なのです。
だから落合さんも“営業”でバリバリと働くことが夢だったのです。
しかし女性が営業部に配属されることは絶対にありませんでした。
たとえ男女雇用機会均等法という法律ができても。
現場から女性が欲しいなどと声がかかることがないからです。

だから小川さんは来る日も来る日も、自分自身の意思とは無関係のやりたくない仕事ばかりしていました。

商社なんて外見とは裏腹に本当は古い体質を持っているんだから。
小川さんは当時をそう振り返ってそう言います。

小川さんは30歳になった時に、とうとう大決断をします。

小川さんは、とうとう上司に辞表を出してしまったのです。正直なところ小川さんの心底には会社に対する反感があったのかもしれません。



ひょっとして私が辞表を出したことで、ショック療法ではありませんが会社側も犯した非に気付いてくれて、私も退職しないですむのでは・・・。  と

そんな甘い考えがあったのかもしれません。
結果はどうだったのでしょう。

「そうだよねぇ?」と言ってアッサリと受理されてしまったのです。
受理された以上、このまま退社するしかありません・・・・・・・

しかし『捨てる神あれば拾う神あり』とはよく言ったものです。広報部の落合さんが小川さんに声をかけてきたのです。



辞表を撤回して、もう一度私の広報部でやってみないか?

しかし小川さんはもう既に辞表を提出しています。
ここで辞表など撤回すれば、生き地獄になる可能性もあります。
だからといって、再就職するアテもありません。

落合さんは矢継ぎ早にこう言います。

いいじゃあないか。すこしだけ恥ずかしい思いをするかもしれないが、3年だけ、この広報で我慢してみないか?もし君が思うような職場でなければ、その時はこの会社に見切りをつけて本当にやめればいいじゃあないか。

もうしばらく時間を置いてから、判断しても遅くないだろう?

小川さんは3年だけは頑張ってみるか、と思います。
石の上にも3年という諺もあることだし。
そして小川さんは恥をさらしながらも、とうとう3年という時が流れたのです。

落合さんは小川さんに言います。
よしっ! 一緒に退職するゾ!
この私と一緒に退職するんだ!

そしてインデックスという会社を一緒に立ち上げるんだ!
落合さんは、小川さんの非凡まれなる才能を見事に見抜ききっていたのです。

そして女性というだけで虐げられ続けた彼女のあふれんばかりの才能が、そしてバイタリティーあふれる彼女の行動力が落合さんが設立したインデックスという会社で一気に開花したのでした。

捨てる神あれば、拾う神あり。言ってみるのは簡単です。



しかし一番大切なのは、窮地に陥った時に“他人に引き上げてもらえるだけの”姿勢が自分自身に備わっているかどうかなのではないでしょうか。

確かに世の中には「棚から牡丹餅」的なこともあります。

しかし「運がよかったんだ」と思うことの大半は他人様からの温かい援助によるものが大半だったりするものなのです。

この前読んだ本の中におもしろいことが書かれていました。

ボランティアに志願する人の大半は、
「こんなに私が一生懸命やっているのに、ボランティアを受ける側の人間に、辛らつな言葉を投げられたりして、結局は人間不信に陥ってしまう」
そうです。

しかしそれは、自分自身にやましいところがあるからではないのでしょうか?
知らず知らずのうちに、他人に「ありがとう」を強要しているのでは?

このメルマガは2005年3月10日に発行されたものです。

[ 2009/12/30 23:24 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

アルビレックス新潟の戦略(後編)

中国には神話は存在しません。



実際には神話は存在したのかもしれませんが、あの広大な土地を巡っての壮絶な興亡の歴史があるだけに、神様なんかに頼ってなんかいられなかったというのが真実ではないかと思います。

信じられるのは“自分だけ”
頼れるのは  “自分だけ”

金のある者は金ずくで世の中を渡っていけばいい。
力のある者は力ずくで世の中を渡っていけばいい。

では、金も力もない者は?
相手との知恵比べで勝ち抜いていかねばならないのです。

つまり、良くも悪くも、この世の中はすべて『心理戦』だと言えるのです。

ある時は必要以上に自分を大きく見せなければなりません。
そしてある時は、自分が善人であることを相手に印象づけなければなりません。

このメルマガでも色々な数々の心理戦を学んできました。

しかし身近で一番の心理戦が発揮できるのは、恋愛です。
つまり♪男と女のLOVEゲーム。

そんな恋愛を勝ち抜いていくためのメルマガを発見しました。
「ブサイクがかわいい女とやる技術」です。

題名とは裏腹に『心理戦』の技術が満載です。

前回までのあらすじ



Jリーグの“越後の虎”アルビレックス新潟を任された池田弘さんは苦悩します。
設立当初から毎年毎年が赤字続き。お客さんが入りません!

とうとう知事までが「W杯が終わったらクラブを閉鎖しよう」と言い出した。

もともとサッカー不毛の地と言われた新潟。
それに加えて新潟にはプロスポーツがない。
だからお金を払ってスポーツを観戦するという習慣そのものがないのです。

池田さんは決断をします。
よしっ!無料招待券を配ってみよう!

しかしよく考えてみてください。

プロ野球のパリーグでもほとんどの球団が無料招待券を配っています。
そしてその無料招待券が経営を圧迫し続けてきたという事実があります。

しかし池田さんは、俺には秘策がある!と言うのでした。

そしてとうとう昨年はJリーグトップの観客動員数!
さてその秘策とは・・・・・・?

池田さんほど“無料招待券を配る”という本質そのものがわかっておられる方はいないだろうなと私もこれを書いていて感心しました。



ではジックリと考えていきましょう。
そこには池田さんと観客との間の恐ろしい心理戦が隠されていたのです。

まず無料招待券を安易に配ったところで、それをもらった人のほとんどは実際にはスタジアムには足を運んではくれないということです。

大体が無料招待券には『ありがたみ』なんてあったもんじゃあない。

人間というのは普通タダでもらったものには、あまり有難さを感じないものなのです。
だから無料招待券というのは、そのほとんどがゴミ箱行きなのです。
経営者の気持ちとはまったく正反対に。

だって捨てたところで、どうせタダなんですから!
どうせしばらくしたら、また配ってくれるんだろっ!?   って。

次に考えてほしいことです。



もし仮にアナタがその無料招待券でスタジアムに足を運んだとします。

アナタの周りだけが満員。
しかしその他の場所についてはガラガラ。

アナタはどう思うだろうか?

お金を払ってスタジアムに足を運ぶことのバカバカしさを痛感するのではない
でしょうか。

そしてその観客席を見た選手はどう思うのだろうか?
決して、良い感情は抱かないはずです。

これでは
これでは・・・・・・

悪循環から悪循環への無限ループです。

池田さんはこれらのことを踏まえて早速行動に移すのでした。



まずは常時スタジアムを満員にしなければなりません。
だから徹底的に無料招待券をバラまきます。

しかしあまり撒きすぎるとその招待券自体が価値を失います。

だからその無料招待券に価値をつけるために、今回の試合はA地区だけ、次回の試合はB地区だけといった具合にして、簡単には無料招待券は配布されないゾという印象を植え付けます。

そしてそのたった1試合のための無料招待に全社員が全力を尽くします。
徹底的にスタジアムに足を運んでもらうよう働きかけます。

なにしろ最初の頃は観客の98パーセントが無料招待客だったと言います。
そしてここからが本領発揮なのかもしれません。

再び無料招待券の配布される時がやってきたとします。
前回は家族全員ということで4枚が配布されていたのに、今回は2枚しかないのです。

そして「満員御礼のため今回は2枚しか配布できませんが・・・・」なんて言葉が添えられている。
お客さんはどう思うだろうか?

実際にB地区の友人からも満員だったと聞いている。
C地区の親戚からも満員だったと聞いている。

あの満員の臨場感が忘れられない。
満員だから楽しい。
満員だから応援もしたくなる。


しかし2枚で夫婦だけがスタジアムに足は運べない。
子供の分は買わなければ仕方がないのである。
いつもいつも満員であれば、どうしても行きたくなるのが人間の心理だから。

そしていつもいつも満員のスタジアムでプレイができる選手たちはハッスルプレー続出で勝ち続けるのでした。
すべてが良い方向から良い方向に進んだ瞬間なのかもしれません。

池田さんは実は新潟総合学院の経営者でもあります。



マスコミの取材で
「そろそろ池田さんも東京に進出して世界に自分自身のメッセージを配信しなければならないですネ」
と言われた時に

「いやあ、東京に進出するつもりはありませんね。東京から新潟に来てもらうんですヨ。
事実もうすでに東京から来ている学生は沢山いますね」

とおっしゃっておられたのが非常に印象的でした。

このメルマガは2005年3月2日に発行されたものです。

[ 2009/12/30 21:21 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

アルビレックス新潟の戦略(前編)

先週の土曜日のNHKスペシャルで楽天イーグルスの特集をやってました。その中で、ある社員が「客寄せ」のための面白い提案をしてました。



座敷シートをそれぞれ50cmずつ拡げて、来ていただいたお客様にはゆったりとして観戦してもらったらどうでしょう?。

その心地良さゆえにきっと、何度も何度も球場に通ってくれはずです  と。

しかし三木谷社長は、
「それじゃあ座席数が1割減るだろう?その穴埋めはどうするんだ?」
と一喝しておりました。

楽天の場合はこれだけ前評判が高いために、少なくとも前半戦までは、かなりお客さんを集めるのは間違いないところだと思います。
だから三木谷社長の言う事は、間違ってはいないと思います。

しかし皆さんがもし、客なんて来ない・客なんて来るはずがない というようなチームをもし任されたら、どうします?

本日は、そんなチームを任されてしまった池田弘さんの物語です。
そのチームとは“越後の虎”アルビレックス新潟のことです。
Jリーグトップの集客動員数までも実現したあのチームです。

そしてその池田さんの口癖は
「鹿島だってかつては何もない田舎だった」なのです。

新潟県は日韓共同開催の2002年W杯(ワールドカップ)の開催地に立候補します。しかしW杯を招致するためには、地元にJリーグのチームがなければならない。



そこでアマチュア「北信越リーグ」に参加していた「新潟イレブン」をプロ化することで協議がまとまり、その経営者として、池田さんに白羽の矢が立ったというわけです。

そして1996年にアルビレックス新潟を設立し、運営を始めるのですが、「創業3年ぐらいは本当に台所事情が苦しかったですね」と池田さんは当時を振り返ります。

クラブの運営資金を集めるのにも四苦八苦。

広く薄く出資を募ります。

まず、30人の発起人から1000万円ずつで3億円。
そして、地元企業120社からとの合計で5億5000万円ほどを集めました。

それで、外国人監督を雇って、「即、JFL(Jリーグの下位リーグ)入り」という目論見を池田さんは描いていました。

しかし残念ながら世の中はそんなに甘くはありません。(残念!!)

JFLに昇格できなければ、観客も増えないし、スポンサーもつきません。だから、5億5000万円の出資金はあっという間になくなりました。



それどころか、96、97年は1億円の赤字、JFLに昇格した98年も2億円の赤字を計上することになり、債務超過の危機に直面したんです。

当然に非難轟々。
しかし、2002年のW杯開催までは、潰すわけにはいかない。
かといって、地域住民のチームに対するロイヤルティも低かった。

出資者を集めている時点から、もともと「W杯が終わったら、クラブを閉鎖しよう」という声が強くて、とうとう県知事まで「もう少ししたら解散しよう!」と言い出す始末。

池田さんは「これでは何のために自分が一生懸命にやってきたのかが報われないじゃないか」と思います。

さりとて赤字の垂れ流しでは、閉鎖もやむをえないところ。
経営とは所詮そんなものなのです。

もともと新潟は「サッカー不毛の地」と揶揄されてきました。



それに加えて新潟にはプロ野球をはじめとしたプロスポーツが一つもない。

数年に一度、大相撲が巡業に来るていどなので、新潟には「お金を払って、スポーツを観戦する」という土壌が基本的にはなく「スポーツはタダ(無料)で見るもの」という感覚なのです。



そこで池田さんは考えます。
だったら無料入場券を配ろう!  と。

しかし、よお~く冷静になって考えてみてください。

今までパリーグなどでも、たくさんの球団が無料入場券を配ってきました。
そしてそれが更なる経営を圧迫してきたのです。
そして次々と球団が消滅していったという歴史があります。

だからもちろん、みんながみんな「無料入場券配布」には大反対です。
しかし池田さんには自信がありました。

機械的に無料入場券の配布をするからだめなんだ。
オレには秘策がある!

大丈夫だ!
成功する!

さて一体その秘策とは?
(つづく)

このメルマガは2005年2月23日に発行されたものです。

[ 2009/12/30 19:07 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

ホリエモンの考え方(後編)

本日午後5時のテレビ東京のニュースで世論調査をしていました。



あなたはライブドアとフジテレビのどちらを支持しますか? というものです

ライブドア   64.6%
フジテレビ   35.4%
だったようです。

ここのところのマスコミなどの報道を見ているとどちらかと言えば、フジテレビの側に立った報道が目立っているような印象を持っている私としては、少し意外でした。

しかしニュースキャスターは

近鉄問題の時の世論調査の結果では、ライブドアの支持率は92%だったので今回は、かなり支持率が低いようです。というような論調でした。

いま世間で今回のニッポン放送株の問題でガゼン注目されているのが、村上ファンドです。彼がどちらにつくかで、このニッポン放送株の問題は一気に大きく形勢が動く可能性があるからです。

順当に考えれば、村上ファンドはライブドアにつくはずですよネ。

だって村上氏は日本の企業に風穴を開けるためにファンドを立ち上げてるわけですから。
実際に東京スタイル株の時には、少しだけですけど、全国ネットでニュースにもなりましたから。

しかし村上氏が昭栄株を買い進んでいた時に、ライブドア社が東証マザーズに上場したのですが、村上氏は

ライブドア(現社名)の堀江さんとは、将来には敵対する時が必ず来る。
だって私が今まで会った経営者の中で一番すごい人間だから。

と言っていたのを私は見逃していませんゾ  (残念!!  ←何が ?)

前回までのあらすじ



ライブドアの堀江さんの信条は、まず「何事もシンプルに考えろ」です。
そうすれば自分の進むべき進路がハッキリする。

シンプルに考えることができれば、戦略も立てやすいため、あとはそれに従って『自分が勝つために』突き進めばよい。

しかし堀江さんは、この後にものすごく重要なことを言ってます。

堀江さんが初めてインターネットに出会ったのは94年だったと言います。堀江さんは思ったそうです。 「!」 と。



こんな素晴らしいシステムがあるんだ!
ひょっとしてオレは大金持ちになれるかもしれない!

素直に本心からそう思ったそうです。

では大金持ちになるために、堀江さんはどんな戦略をとったのでしょう?。
まず友人たちにその“インターネット”の存在を吹聴して回ったというのです。

普通なら
「はあ?っ!? 黙って一人で儲けろよ」
と言いたくなるところですネ。

しかしここにこそ実は、堀江さんの真骨頂があるのです。

相場格言の一つにこういうのがあります。話は急に変わりますが (-_-;)



人の行く裏に道あり。花の山。

相場格言で、まずは一番最初に出てくるのが実はこの格言なんです。

相場で勝ち抜くためには、基本中の基本ですネ。
なかなか実践はできませんが (-_-;)
簡単に、その意味を解説しますと

大勢に順応すれば、確かに危険は少ないし、事なかれ主義で何事によらず逆らわないのが世渡りの平均像。

だが、人生の成功者はだれもやらないことを黙々とやってきた人たちであり、欧米では「リッチマンになりたければ”孤独”に耐えろ」と教えるのが通例。
人並みにやっていたのでは、人並みの結果しか得られないというわけです。

インターネットの素晴らしさを友人たちに吹聴して回った堀江さんは、友人たちからどんな感想をもらったのでしょう?



( ̄。 ̄)ホーーォ


(*'へ'*) ンー


( ̄~ ̄;) ウーン


フワァァ(/ 0 ̄)~゜


(´・ω・`) フーン

そんな反応ばかりだったと言います。

堀江さんは思います。

こんな素晴らしいシステムがあるのに、誰もその素晴らしいシステムに気付いて
はいない。本質がわかっていない。

チャンスだ!

事実、その5年後にネットバブルというものが市場に押し寄せるのです。
押すな、押すなの大盛況。

ソフトバンク、光通信、ヤフー、ニューディール(現社名)などなど。

堀江さんは、自信をもって、こう語りかけます。シンプルに考えて、それに対する戦略が立てられたなら、それを周りの人間に吹聴して回れと。



世間の人たちと意見が一致する場合もあるし、一致しない場合もある。

しかしもし世間の人たちと意見が一致しないなら、それは大チャンスだ!。
誰もそのチャンスに気付いていないからです。
まさに“人の行く裏に道あり。花の山。”なのです。

大体が世間の人たちというのは、常識で物事を考える。
だからこそ「常識を疑え」と、私は言いたい。

私は東大に入ったから起業したわけですが、東大のブランドを徹底的に利用させてもらいましたヨ。
世間の人は東大出の人だと聞くと大抵は信用してくれましたから。
つまり東大出の人には悪い人はいないというヘンな常識に囚われているのですよ。
その逆説を私は徹底的に利用させていただきました。

そして、よくマスコミから質問を受けることに

「なぜ堀江さんは次々と社名を変えるのですか?(先週号参照)」と聞かれます。

しかし私は思うわけです。

社名が金を稼いでくれるわけではないでしょ!

もし稼げる社名があるなら私は、次々と社名を変更していきますよ。

常識的に考えれば、社名を変えるというのは大事(おおごと)なのかもしれませんが、私にとっての社名とは、儲けさせてくれるかどうかなんですよ。

私は「金を稼げるかどうか」だけで物事を判断しますから。  と

しかしこの『「金を稼げるかどうか」で物事を判断します』というところが、今の世間の人たちの一部から反感を買っている部分もあります。



このメルマガの趣旨は

1 どんな手段を使ってでも勝ち組になる
2 しかし世間の人たちには決して、「どんな手段も使った」なんて印象は、与えない。
です。

本日の堀江氏は「私が何か言うと株が下がる」として事実上の取材拒否。

まだまだ本来なら言いたいことは沢山あるのですが、またの機会があれぱ存分
に喋らせていただきます。(^_^)v

このメルマガは2005年2月16日に発行されたものです。

[ 2009/12/30 17:03 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

ホリエモンの考え方(前編)

ホリエモンの愛称で親しまれているライブドア社長の堀江さんが、またまた世間から注目を集めています。ニッポン放送の株を大量に取得したからです。



お正月のテレビ番組などで「今は証券取引法の関係で言えないが、とてつもないことを考えている」とおっしゃられていましたが、この事だったのですネ。
となれば、このメルマガでも取り上げざるを得ません。

しかし堀江さんのことを色々と調べてみても実はピンチらしいピンチは見つかりません。堀江さん自身もテレビ番組で面白い発言をしていました。

司会者が
「挫折なしで、ここまでやって来れたわけじゃあないですよネ」と質問すると
堀江さんは笑顔を浮かべながら
「そりゃあそうでしょうネ。でも僕にはどれが挫折なのかわからないのですヨ」

なんだか私は発明王エジソンのことを思いだしました。

エジソンが電球を発明した時のことです。

エジソンは電球のフィラメント部分にどんな材料を使うかで、かなり試行錯誤しました。結局は日本の京都にある竹を使って、電球を完成させるのですが、試した材料は、その数が3500種類にも及んだといいます。

ようやく電球が完成して記者会見にのぞんだ時の話です。

記者は質問します。
「苦しかったでしょう?途中で諦めようとは思わなかったのですか?」

すると、エジソンは答えます。

「えっ、何が? 私はただ成功するまでやり続けるつもりだったので、苦しい
なんて思ったことはありませんよ。」

さあホリエモンこと堀江貴文さんの物語がスタートです。

堀江さんはその著書などで成功の秘訣を「何事もシンプルに考えることだ」と言っておられます。



そしてシンプルに考えたあと、それに従って戦略を練るとしています。

しかしこれだけだったら、どこの本にも大体は書いてありますよネ。
これではこのメルマガ自体の存在価値はないわけです。(^^ゞ

実を言うと堀江さんは、「何事もシンプルに考える」という後に非常に重要なことを語っておられます。

でもまず「シンプルに考えること」もまた重要なことなので、少しくらいは解説しておかないとネ。

ライブドアは、2000年の4月に東証マザーズに上場したわけです。
そしてその時の社名がオン・ザ・エッヂでした。
そして3年後エッヂへと社名変更します。
昨年の3月にようやく今の社名であるライブドアとなるわけです。

取材を受ける時によく聞かれるのは
「オン・ザ・エッヂという社名の由来は何ですか?」

「たまたまその時に思いついた言葉だったんですヨ」

すると記者の人たちは一様に目を丸くすると言います。
堀江さんは続けます。

「だって会社名なんて本当は何でもいいのですよ。売り上げが上がるためのものだったらね。エッヂへと社名変更したのは、簡単な社名になれば皆から覚えてもらえると思ったから。そしてその後あの無料プロバイダーでネット上でも圧倒的に人気のあったライブドア社が倒産した。うちがそれを結局買い取ったわけですが、ネット上では何と言ってもライブドアの名前は響きわたってましたからね。だからライブドアに社名変更をしたんです」

何事にも堀江さんの考えはシンプルです。

儲かるためには何をすればいいのかを常にシンプルに考え、そのことを着実に実行していってるわけです。

堀江さんは『堀江貴文のカンタン!儲かる会社のつくり方』という本を出されています。

皆さんの中にもご購入された方がいるのではないかと思います。

実はこの本を購入するとライブドア社の株券が1000名に抽選で当たるんです。
(現在は、もう既に期限が切れていますが)
それを目当てにこの本を購入した人がいるかもしれませんネ。

ライブドアは、自社の宣伝のために株券を配ったんだな! 
と、思いましたか?

いえいえ違います。
堀江さんは、もっとしたたかです。

その株券をもらった1000名の人たちは、証券会社に口座を作らなければならないのです。

そう、買収したばかりのライブドア証券(旧 日本グローバル証券)に。
口座を作れば、株式投資をしたくなりますからね。

つまり堀江さんは常に「儲けるためにはどうすれば良いのか?」ということをいつもいつも考えているわけなのです。

そしてシンプルに考えるということは、「したたかに考える」と同意語でもあるわけなのです。



今朝の朝日新聞の見出しは「したたか堀江買収劇」となっていました。
今回のニッポン放送の株を買収した件に関して、同紙は評論家の言葉として
フジテレビ側は今回の買収劇に難色を示しています。

ただフジが何もしなければ、堀江氏はフジサンケイグループに対する影響力を手にすることができる。

逆にフジ側が正常化を盾にニッポン放送への公開買い付け価格を大幅に引き上げてくれば、堀江氏はニッポン放送株を手放す可能性もある。

結局のところ堀江氏はどちらに転んでも損はしない。
と解説しています。

ちなみに本日(2月9日)のニッポン放送株は、ストップ高買い気配で差し引き165万5980株の買い注文の買い注文を残して終了しています。
さて冒頭にも書きました、

実を言うと堀江さんは、「何事もシンプルに考える」という後に非常に重要なことを語っています。

来週にはジックリと解説させていただきます。
(つづく)

このメルマガは2005年2月9日に発行されたものです。

[ 2009/12/30 14:56 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

「頭を使うか」「体を使うか」の二者択一

今年もとうとう残すところあとホンのわずかとなってしまいました。



私が今年一番印象に残った言葉というのは、何と言っても高市早苗さんが結婚された時に放った、

「ヨカッタ!だって私もう(結婚なんて)あきらめてましたもん・・・」
です。

この言葉には本当に本当の彼女の本音が入っていると私は思います。

俗に言う“無欲の勝利”ではないのかと思います。
結婚はあきらめていたかもしれませんが、仕事はあきらめてなかったはず。
だから結婚ができないぶんまで必要以上に仕事に集中していたはず。

一途に目標に向かってひた走る姿というのは、男であれ女であれ美しいものです。何かキラリと光るものがあるものなのです。だからそんな人のもとには必ず人が寄ってきます。

彼女もそんな中で恋が芽生えたのかもしれません。
恋は成就しましたが、選挙には落ちたみたいですが・・・・(-_-;)
でも、とりあえずは、おめでとうございます! (^o^)丿

選挙に落ちて、人間的にも成長できたとも語っています。
このメルマガはそんな部分は決して逃しませんヨ   (^^)v

そしてとうとうこのメルマガも今号が今年最終号となります。
先週に引き続き本日も“徒然なるままに”しゃべらせて頂きます。ハイ。
)^o^(

この世の中で成功するためには『頭を使う』か『体を使う』かしか方法はありません。



旧山種証券の創業者で相場師だった山崎種二氏は、このことを『働き一両・考え五両』と表現しています。

つまり現代風に言い直せば、ば体を使って働いても日給は一万円だが、頭を使えば日給は五万円になるというような意味でしょうか。

頭を使うと言えば、あの野村克也氏も頭脳派でした。かつてはヤクルトを日本一にした時に有名になったID野球はまさにデータを基にした心理戦を展開したと言っても過言ではないと思います。

かつて中日ドラゴンズの監督をしていた星野仙一氏がマウンドに行ってピッチャーに喝を入れたりすると、対戦相手だった野村氏は「間違いなくピッチャーはストレートを投げてくる」とバッターに教えておりました。

星野監督に対してピッチャーが自分自身の『気合』を見せるために、ストレートで勝負してくる確率が高いからだそうです。

また自軍のピッチャーに対しては、4球続けてストレートを投げたなら5球目は必ずストレートを投げる勇気を持てと教えたと言います。

そうすれば打者は必ず迷いが生じて(そろそろ違う球を投げてくるナと考えているため)、色々な考えだけが勝手に頭を駆け巡り自滅してくれるからだと言います。

私自身も来年こそはそろそろ頭を使わなければと思っている最中です。



Googleで「投資判断」で検索をかけると、堂々の第一位に私のホームページが出てきます。第二位はあの世界の『東京証券取引所』です。

第一位になったのは今年の春のことでした。
しかしこれが私にとっては、不幸の始まりだったのかもしれません。

そこから私自身が油断したために成長を自らストップさせて下半期はホームページの更新は結局ほとんどしませんでした。

これでは全く本末転倒です。
来年こそは自分自身に気合を入れていかねばならないと思っております。

さて皆さんにとっても来年は良い年であることを心よりお祈り申し上げます。
では良いお年を。(^o^)丿

このメルマガは2004年12月22日に発行されたものです。

[ 2009/12/29 00:15 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

有森裕子の言葉

今年も残すところ、あとわずかになりました。まだまだ温かくて、クリスマスに花粉症では、シャレになりませんが (-_-;)



先週号でも申し上げましたように、今週と来週はメルマガの趣旨から外れるかもしれませんが“徒然なるままに”私自身が自由にカキコしてみたいと思っています。

強い者がいつまでも強いとは限らない。  そして弱いものがいつまでも弱いとは限らない。



だから人生は面白い。

そんな趣旨から始めたこのメルマガも来春でいよいよ1周年を迎えることになります。ここまで続けて来れたのもひとえに皆々様がたのおかげだと思っております。



さて皆さんは、今年はどんな年でした?
良い年でしたか?

有森裕子さんという人を皆さんは覚えておられるでしょうか?そう、あのバルセロナ・アトランタと2大会連続でメダルに輝いたマラソンランナーです。



そしてあのアトランタで銅メダルを取った時に放った言葉が、
「自分で自分を誉めてあげたい」
という言葉でした。

私は ??? と思いました。

だってその前のバルセロナでは“銀メダル”だったわけですから、アトランタでは“銅メダル”として一段階下がった(?)ことになります。

何で「自分で自分を誉めてあげたい」の?  と 私は思ったわけです。

しかしテレビなどのインタビューなどでようやくその意味がわかりました。



彼女は体の故障で心身ともにボロボロになっており、本来なら“走ることなどできない”状態であったことを私は後になって知りました。
本当に感動しました。

まずは皆さんも“自分で自分を誉めてあげて”下さい。
今年もご苦労さん!

それから反省だけしましょう。

反省が終われば、前へ向かってGO!です。
(つづく)

このメルマガは2004年12月15日に発行されたものです。

[ 2009/12/28 23:28 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

悪口を言って、のし上がる方法

悪口は言うな!
他人のことは褒めよ!

何だか道徳の教科書みたいですね。

でも数々の偉人たちが言っているように
そして
金言、格言、名言などで語られているように

他人の悪口など言わない方が
アナタの地位や立場は守られる可能性が非常に高いです。

しかしながらこの法則が正常に働くためには、ある一定の条件が必要なんです。

他人の悪口など言わない

方がその条件を成就しやすいということなんですね。

さて今日はそんな事例を見て行きましょう。


人間関係に中傷はつきものです。なぜか?

それは意外に簡単なことなのかもしれません。

以下は書家で詩人の相田みつをさんの師匠だった武井老師が相田氏に語った言葉です。

その言葉が全てを語っているのかもしれません。

武井老師が相田みつをさんに贈った言葉

だれだってね、いじわるばあさんになりたくて
この世に生まれてきたんじゃないからね
いろいろなめぐり逢せが悪くてね
いじわるばあさんになっちゃったんだな
本人にとって
それが自分を守る為の
精一杯の生き方なんだな

相田君なあ
人間というものは
      人から何を言われても
            少しも気にならない時もあれば
                     大変気になることもあるんだなあ

それはね
   問題というのは
       向こうにあるんじゃなくてね
              自分のほうにあるんだな

他人に言われたことが
         気になるときは

大体において
     自分の生き方が
          充実していないときだな

他人を中傷なんてしたらしたらダメ。

しかしそんな悠長なことを言っていれば、
容赦なく中傷されるだけ。

人生なんて所詮そんなものなのかもしれません。

中国の話です。

楚の国に江尹(こういん)という人がおりました。

かなりの中傷の名人であったらしく
『戦国策』には、彼が使った“中傷の手口”がかなり詳細に記されています。

本日はそのうちの一つです。

江尹(こういん)は国王の面前で、こう語りかけました。

もし他人のことをよく言う者がいたら王様はどう扱われますか?

すると国王がこう答えました。
それは聖人君子だ。もちろん近づけるだろう。

ではもし他人のことを悪く言う者がいたら王様はどう扱われますか?
すると国王がこう答えました。
他人のことをとやかく言う者は小人だ。遠ざけるだろう。

江尹(こういん)は言いました。

それではこの国は滅亡への道を辿ることでしょう。

なぜなら王様は、他人のことを悪く言う者がいたら遠ざけるとのことです。

つまりこの国を転覆させようとしている逆臣がいても、
その情報を掴むことができないのです。

国王は答えました。

なるほど!
これからは、他人の悪口を言う者のこともシッカリと聞いてやらねばならんナ。

このあと江尹(こういん)は同僚の悪口を思う存分語った。

中傷に関する十分な地ならしができていたからです。
[ 2009/12/28 21:55 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

相手を自主的に動かす方法

とうとう師走に突入しました。先生も走るという師走です。
私ハルマッキーもなぜか先生でもないのに走っています。(-_-;)
色々と忙しいです。



今年はまだまだ例年に比べて温かいようです。

しかしこんな暖冬の時に限って、少しだけ寒くなると風邪をひいたりしますので十分に気をつけましょう!

さていよいよこのメルマガも追い込みです。
本日は相手を動かすことについてのヒントをカキコしてみます。
恐怖や強権の発動によって動かすのではありません。

自発的に相手をこちらの意のままに動かす悪のテクニックを。

相手を動かすには、相手が自発的に動くようにしむけることである。そういう状況をつくってやれば相手は自発的に動く。相手の欲するものを餌
として撒いておけば、相手は勝手にそれを取ろうとするだろう。


(孫子の兵法 示形の術より)

BC5世紀のことである。
中国に晋という国がありました。
今で言う山西省一帯に位置する国です。

このあたりは剣山がそびえたつ、交通の難所でした。
そしてその晋のとなりに仇由(きゅうゆう)という国がありました。

いわゆる中国人ではない異民族の国です。
しかしこの仇由(きゅうゆう)という国、異民族のくせになかなかの強国です。

晋の智伯がこの国を征服しようと考えました。しかし攻めたくても攻めることができません。なぜならこの仇由(きゅうゆう)という国に行くためには人が一人やっと通れるくらいの道しかないからです。



当時の戦争と言えば騎馬戦です。
兵馬に馬車をつなぐ騎馬戦です。

しかし人が一人やっと通れるくらいの道では、さすがに戦争をしかけられません。
智伯は一計を案じました。

鐘を造ることにしました。えっ、鐘?そうです。巨大な鐘を造り、その鐘を仇由(きゅうゆう)に贈呈することにしたのです。



早速智伯は使者をこの仇由(きゅうゆう)に送り、鐘を贈呈したい旨を伝えた。

仇由(きゅうゆう)国の国王は大いに喜んだ。
しかし鐘を運ぶための道がない。
そう、道がないのです。

そこで仇由(きゅうゆう)国の国王は、晋に失礼がないように、道を拡げる工事を行った。村々から使役が繰り出され、突貫工事によって狭い山道は広々とした道に生まれかわった。

国王は鐘を心待ちにしていた。

しかし仇由(きゅうゆう)国にやってきたのは、鐘ではなく晋の大軍だった。
仇由(きゅうゆう)国は滅びてしまった。

嵌めた方が悪いのか、それとも嵌った方が悪いのか。こんなことを考えていると夜も眠れなくなってしまう。



ただこの仇由(きゅうゆう)国の国王は、相手の策略を見抜けなかったのは事実です。

これが孫子が言うところの“戦わずして勝つ”の本質なのかもしれません。
もし仇由(きゅうゆう)国の国王が相手の意図を見破っていれば、策略に引っかかったと見せかけて木っ端微塵にすることができたわけですから。

このメルマガは2004年12月1日に発行されたものです。

[ 2009/12/28 20:05 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

黒田如水の死後の操縦

黒田如水は世の中の動きを見るのが非常に上手だった。彼は無名のころからの織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの後の天下人にも早くから目をつけていたと言われるほどだった。

しかしあまりにもその読みが鋭すぎるため、逆に彼ら天下人たちからは、警戒されるという皮肉な結果になってしまったのですが・・・・

特に秀吉、家康からはかなり警戒されて、福岡に転勤を命じられてしまう。

本日はそんな黒田如水の晩年のころの話です。

如水は自分の子である黒田長政のことが心配で心配でならなかった。
決断力がなかったからである。

如水は、ある日突然部下たちの悪口を言い始めた。
その悪口の言い方はすさまじく、とても聞くに堪えられるものではなかった。

息子の長政は心配して父に言った。

どうしてお父上は永年連れ添った者たちの悪口を言うのですか?
あの者たちは、私たちと一心同体でやってきた忠臣たちではありませんか?

近頃のお父上の悪口は正直なところ聞くに堪えません。

このままですと、あの者たちの心は皆、私に傾いて、お父上からは遠ざかってしまいます。

どうか悪口を言うのをおやめになって下さい。

すると如水はニッコリと笑って言った。
そうか、それはよかった!

えっ?と驚く長政に如水は、こう語った。

オレはもう長くはない。
今のままだとオマエが2代目を継いでもいつもオレと比較されてしまう。

しかし残念ながらまだまだオレの方が人気は高い。

父と子が人気取りで争っても仕方がないが、
それではオレが死んだあとオマエがやりにくくなるだけだ。

いいか、オマエに欠けているのは“決断力”だ。

今の状況をチャンスと捉えて、今のうちに“決断力”を身につけよ!

福岡藩が明治まで続いたのは、
この如水の一言で、黒田長政が大きく成長したからだと言われている。
[ 2009/12/28 17:59 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

豊臣秀吉の知恵

先週号の冒頭で、新プロ野球球団が楽天に決定したことを書きました。あれから1週間。



今度は西武が身売り希望らしい。
ダイエーもどうやらソフトバンクに買収されるみたいです。
いやいやロッテだってこの先どうなるかわからない。

まだまだプロ野球地図はどのように塗り替えられるかわからない様相です。

そんなことを色々と考えてみると、近鉄とオリックスは合併なんてしなくてもよかったんじゃあないの?
なんて考えるのは私だけでしょうか ?

豊臣秀吉は日本史上でもまれに見る“人使いの名人”だったとよく言われます。色々と理由はあるのですが、やはりその中の一つに戦いをする時には、なるべく人命を損なわないように「相手方から裏切り者を出し和解に持ちこむ」という手法をとったことにあると言われています。



ある戦いのことでした。
相手方の実力者である大沢という者を知略にて裏切らせた。

戦いはその事で見事に血を流さずに、秀吉の勝利に終わりました。
そこで秀吉は主君である信長のもとにこの大沢を連れて行った。

しかし大沢を去らせたあと、信長は秀吉にこう言った。
「オレは人を裏切る奴が好きじゃない。殺せ!」

秀吉は困った。
なぜなら大沢には必ず命だけは保証するからという条件で裏切らせたからだ。

ピッ、ビッ、ピ?ンチ!

しかし殺さなければ主君の命にそむくことになる。しかしだからといって殺してしまうと、大沢との約束を破ることになってしまう。



まずは大沢を呼んで、秀吉はこう言った。

信長様は、私の言うことを聞きません。
アナタを殺せと言う。
しかし私はアナタに「命だけは保証する」と約束しました。

そこでなのだが、アナタはここから逃げて下さい。
しかしただ逃げたのでは、信長様の追っ手に殺されるでしょう。

だから私を人質にとって逃げてください。
さあ!

大沢はビックリした。



何もそこまでしていただくことはありません。
どうせ私は裏切り者です。
たとえ殺されたとしても仕方がありません。
どうぞここで切腹をさせて下さい。

秀吉は言った。

それでは私の信がたちません。
後世にまで私は、笑い者となるでしょう。
だからここは私の方から意地になってでもお願いさせていただきます。

しぶしぶ大沢は秀吉に抜き身を突きつけながら、城の中を歩き出した。
織田家の者たちはみんなビックリした。
しかし秀吉はニコニコしている。

そして城外に出ると秀吉は早速信長の元へ参じた。

信長は何も言わなかった。
秀吉が命がけで大沢をかばったので、何も出来なかった。

秀吉のこの所業は光よりも早く諸国に伝わった。
そして以後の戦いでもたくさんの同調者(裏切り者)が出た。

秀吉は「約束をしたことは必ず守る」との評判がたったからです。

織田信長は極度の合理主義者だったと言われています。



鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス

と後世の人たちから言われたように、信長にとってはホトトギスとは鳴くものなので鳴かないホトトギスならばその存在自体が信長にとっては無意味なわけなのです。

今回のことも秀吉の能力を愛していたので、命がけで向かってきた秀吉には何もできないというのは頷けるところです。なぜなら秀吉には今後も鳴き続けてもらわなければ困るからです。

そしてそんな信長の性格を読みきった秀吉の完全勝利だったのかもしれません。

このメルマガは2004年11月10日に発行されたものです。

[ 2009/12/28 13:57 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)

八百屋老夫婦の気づき

先週は“まぐまぐ”で、このメルマガの部数が400部ほど増加していました。



えっ!?と思ったのですが、どうやら“まぐまぐ特選!おすすめメルマガ”の
コーナーで紹介されていたようです。

こういうのって事前に「掲載します」っていう通知などくれないのですネ。

危うく、私はその紹介された号を読まずにそのまま消去するところでした。
┐( ̄ヘ ̄)┌ ふう?

改めて新しく読者になられた方、初めまして。
このメルマガを執筆しておりますハルマッキーです。
2分で読める充実したメルマガを目指しております。
今後ともヨロシクお願いいたします。 m(__)m

俗に不成功者と言われる人たちには大きく分けて2種類あると言われています。

1 善良なのだが、智恵がない
2 智恵はあるのだが、悪心がある

このうち2についての処方箋は、心の姿勢を正せば何とかなります。
自分でも薄々は何となく不成功者である理由に気付いているケースも多いです。

しかし1については少しばかり厄介です。

だって本人は真面目に働いている。
誰にも迷惑をかけてない。
しかし栄光はいつまでたっても訪れない。

徐々に焦りを感じてくる。
そのうち疲れきって段々と世の中を呪うようになる。
こうなると、人生も滅茶苦茶クチャクチャになってしまう。

本日はそんな状況から見事に脱した八百屋を営む初老の夫婦のお話です。

八百屋を営む夫婦は誰から見ても真面目にコツコツと働いている「道徳の教科書」にでも出てきそうなコンビでした。他人様に迷惑をかけるのが
嫌いで、どんなに苦しい状況になっても二人でその苦境を乗り越えてきた。



しかしバブル崩壊以後の経済状況は少しばかりキツかった。

それでもどうにかこうにかやってこれたのは、八百屋という人の生活に直結する商売を営んでいたからなのかもしれません。

しかしここのところの“小泉改革”による傷みは半端なものではなかった。

なにしろ主婦の財布の紐がかたいのである。
しかも近くでは、大型スーパーが驚異的な安売りをやっている。
彼らとまともに争って勝てるわけがない・・・・・・・。

夫婦は真剣に廃業を考え始めていた。
そしてそのうちに段々と小泉首相を恨むようになってきていた。
まさに「善良なのだが、智恵がない」典型だったのかもしれません。

たぶんこのままだったら普通ならば、
「私たちは何も悪いことはしてなかったが結局は世の中が悪かったんだ!」

とばかりに世の中を呪い、そして逆恨みして、挙句の果ては心労とストレスで病気にでもかかっていたのかもしれません。

ある日のことです。ふたりでテレビを見ていた時のことでした。その番組では当時問題になっていた「年金問題」についてのことを討論していました。



政治評論家の三宅久之さんが熱血漢よろしく声高に叫んでいました。

大体今回の問題はねえ、みんな本質を踏み外しているんですヨ!。

年金を払っていない政治家が悪いとか年金を勝手に使い倒している官僚が悪いとか。
もちろんそれも一理ありますヨ。
全然的を外しているとは言いませんヨ。

しかし世の中の大半の人が考えている心の奥底はそうじゃあないんですよ!。

私だってサラリーマンやっている時に天引きで年金を引かれてましたよ。
今だって自営だけどキチンと払ってます。

しかし私自身はネ、自分が払った分に利息をつけてキチンと還元してくれるんだったら文句なんて全然言いません!。
少しくらいはブツブツ言うかもしれませんが、それは仕事上しかたがないこと。でも心の底からは怒らないですよ。

例えば、あなたがトヨタの車を買ったとして下さい。
あなたは、トヨタの社員の給料を騰げてやるために買ったのですか?
違うでしょう!

自分が得をしたいからでしょう!
当たり前ですヨ!

お客さんが何で商品を買いに来るのかといったら、それは自分が商品を買った
ことで、自分自身が得をしたいからなんですよ。


年金問題だってネ、それと同じことなんですよ。
自分さえ損しなければ、それでいいのですよ。
人間なんて所詮そんなもんですよ。

そのテレビを見ていた主人はハッとしました。果たして自分はお客様のためにキチンと働いていたのだろうか?お客様のことを考えて行動していたのだろうか?



三宅さんが言うように、お客様は私たちの生活費を賄うために、店で買ってくれるわけじゃあない。



そう言えば以前に面白いことを考えたことがあった。

昼過ぎになるとお客様には商品は古いものから順番に渡していた。
そうでないと夕方には古いものばかりになってしまうからだ。

自問自答したことがあった。

果たしてこれでいいのだろうか?

一度はそう思ったが、いい智恵も思い浮かばない。
それに大体がどこでも同じことをやっている。
だから、そんなことはこれからは考えないようにしようと心に決めた。

しかし今、三宅さんの話を聞いて自分の考えに誤りがあったことに気付いた。

今まで古い商品を渡したお客様は一体どう思ったのだろう?
お客様がだんだんと減ってきたのは、そんな自分にも責任があったのでは?
あながち不景気だけのせいではないのではなかろうか?

少なくともお客様は自分が得をしたとは思ってはいないだろう・・・・・

どうせ廃業するなら、もう一度だけ死ぬ気になってやり直してみるか!

店は昼には閉めることにした。
少しでも古い商品は廃棄することにし、新鮮なものだけを置いた。
こうすれば少なくともお客様は絶対に喜んでくれるはずだ。
お客様が喜んでくれて廃業するなら、それはそれでも構わないと思った。

一ヶ月が経過した。
二ヶ月が経過した。

何も起きなかった。

しかし3ヶ月目にチョッとした変化が起こった。

隣町からわざわざ車に乗って買いに来てくれたお客様がいた。
知人から新鮮なものしか置いていないという評判を聞いたからだそうだ。

主人は嬉しかった。
本当に商売をやっていてよかった!
もともとはそんなお客様の喜ぶ顔が見たいがためにこの商売を始めたのに。

商売の原点を再認識した思いがした。

今、野菜は台風の影響で高騰している。
どのお店も四苦八苦している。
しかしそのお店だけはなぜか繁盛している。

当然のことなのかもしれません。

本日はひょっとしたら2分では読めなかったも (-_-;)


ついつい力が入ってしまったようで・・・・・

では、また来週お会いしましょう。
来週はもう少し読みやすいかも (^o^)丿

このメルマガは2004年10月27日に発行されたものです。

[ 2009/12/26 13:30 ] メルマガ | TB(0) | CM(0)
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